17話 体育祭①
――体育祭当日。
俺は、碧の事が気になってあまりよく寝られなかった。ただ体育祭は、遅刻するわけにもいかないので、なんとか身体を起こして学校に向かった。
学校に着くと、いつも通っているのに何だか新鮮な感じがする。学校行事がある時は、いつもの学校じゃない感じがするよな。そして、何だかワクワクする。俺は今現在悩んでいるんだけどな……
月見里さんや昇に相談しても、何だかはぐらかされるし、ネットに頼っても答えは見つからなかった。
匿名で質問できるサイトに質問したが、デリカシーがなかっただけとか、築かないうちに地雷を踏んだのでは? などと有効な回答はなかった。
一応だが、今日の朝も確認しておくかと思い、サイトを開く。そこには新規の回答が一件あった。
それは俺が最初に除外した考えで、流石にあり得ないだろうと思っていた答え。だけど、どこか辻褄があって片隅に残っていた一つのアンサー。
碧の好きな人が、俺だったら?
開会式は何の変哲もなく、ただ無難に終わった。強いて言うなら、校長先生の話が長すぎて少し倒れそうになったぐらいだ。
午前の部は、玉入れから始まって綱引き、二人三脚に借り物競争で終了だ。午後の部は、運動部のリレーや応援団などの催しがあって、リレーで全競技終了となる。
自分が出ない競技は、クラスの応援をするつもりだったが、碧の事を考えてそんな気にもなれない。俺は、ジュースを買いにいくついでに少し歩くことにした。
そうして少し歩いたぐらいの時だろうか。
「あっ、雄哉君? 知らない間に大きくなったねぇ」
「おお、雄哉君じゃないか」
俺は、四十代ぐらいのある夫婦に話しかけられる。ただその夫婦は、俺の良く知っている人だった。
「碧のお母さんとお父さん……どうもお久しぶりです」
碧の両親とは、中学時代の出来事で少し話したりしたことがある。当時は凄く感謝されたが、俺は自己嫌悪に陥っていたので、あまり覚えていない。
「碧の事、改めて本当にありがとうね。私たちは、あの子の力になれなかったから。それに、昨日の夜も凄く楽しみにしていてね。雄哉君や昇君といて、楽しいんだろうなって」
「えっ、本当ですか? 昨日の夜も楽しそうにしていました?」
「ええ、とても楽しみにしている様子だったわ」
俺は、碧のお母さんから話を聞いて、親にも言わずに一人で抱え込んでいるのかと思った。でも、その考えは少し違うかもしれない。
一人で抱え込むところも、あるにはある。だけど、碧もただ単純に体育祭が楽しみだったんだろうとも思う。高校生活の最初で、なおかつ嫌な中学の記憶を払しょくできそうなこの体育祭が……
「そう、ですか。じゃあ俺は、ジュースを買いに行くので」
「引き止めてごめんなさいね。体育祭が終わったら、雄哉君たち三人で写真撮りたいから、忘れないでね」
「分かりました。また言っておきます」
さっさとジュースを買って、応援しよう。せっかくの体育祭だからな。
クラスの応援席に戻ると、既に一年生の玉入れが終わっていた。既に応援席に戻っていた月見里さんの視線が、少し痛い。
「雄哉どこ行ってたんだよ。月見里さんの出番終わっちまったぞ」
「悪い。ちょっとジュース買いに行ってたのと、碧の両親と会ってな。俺たち三人で、また写真撮ろうって言ってたぞ」
「碧の両親と話してたのか。でももったいねぇな。月見里さんが、まるでNBAの選手のように、次々と玉をカゴに入れていて凄かったのに」
昇は、俺の踏み込んでほしくなさそうなところを避けるのが、本当に上手いと思う。まぁでも、凄い月見里さんを見逃したのはちょっと残念だな……
一方碧は、次の綱引きに出るための準備をしていた。俺は、碧に近づいて話しかける。
「勝てよ碧。カッコイイところを見せてくれよな」
俺が言ったのは、ほんの少しの言葉。碧は少し驚いた表情だったが、すぐに笑顔になった。
「うん。しっかり見ててよ」
そして俺に指を差しながら、碧はフフンと笑った。
綱引きは、碧の活躍もあったからか勝利し、俺たちのクラスは首位になった。
そもそも、月見里さんがゲームのチートキャラで、碧が万能なキャラみたいなものだから、どこか反則みたいな感じもするが。
そしていよいよというべきかは分からないが、ついに俺の出番がやってきた。二人さんきゃについては、かなり月見里さんと練習したので自信はある。他の男子の羨む視線も気になったけど。
入場門で待機していると、隣にいた月見里さんが
「今度は隣にいるから、見逃すこともないわね」
と嫌味を言ってくる。他に人がいなかったら、土下座するぐらい怖い。
「悪かったって。その代わりと言ってはなんだけど、絶対勝とうな」
「もちろん。そもそも私の辞書に敗北の文字はないわ」
「英雄すぎる。まるでナポレオン」
「でもナポレオンは、独裁者として見なされたりもするのよ。時代に名を残す偉人は、良い所ばかりじゃない。私も、そんな風に中学の頃は言われたわね。全然そんな事ないのに」
そう言いながら、月見里さんは自嘲的に笑う。俺たちと同じように、月見里さんにも辛い過去が身体に刻まれている。
「でも、今は俺たちがいる。だったら安心だろ?」
「そうね。今は一人じゃない」
そうやって月見里さんと話していると、後ろから肩を叩かれる。振り返ると、碧と昇だった。
「勝つつもりなんだろうけど、ユウたちには絶対負けないからね、勝つのは私!」
「おっ、言ったな? こっちこそ、碧たちには絶対負けねぇよ。練習もかなりしたし」
「久しぶりの真剣勝負だけど、絶対私か勝つ!」
そんな俺と碧を話している様子を見てか、月見里さんが小声で
「あなたたち、仲直りしたの?」
と質問してくる。
「いや、まだしてない。と言うより、仲直りの途中かな?:
そもそも喧嘩、って感じでもないけどな。それに、俺と碧はこういった感じの方が合っている。
「もし……」
俺は、月見里さんが言おうとした事を止める。
「正直どうなるかは分からないし、俺だって分からない。けど、大丈夫」
「それはどうして?」
「親友だからだよ」
俺だって考えはまとまっていないし、碧だって凄く悩んでいるかもしれない。時には喧嘩もするし、意見が合わない時もある。
でも、俺たちは親友だから。結局、不器用ながらにも上手く付き合っていくと思っている。
入場の音楽が鳴る。いよいよ、競技が始まるみたいだ。
「そういや、言い忘れてれたのだけど」
「何だ?」
月見里さんは、思い出したというジェスチャーをする。最後に俺に向けて何か言う事がありそうだった。
「ナポレオンの名言で、他にもこういう言葉があるのよ。真に恐れるべきは、有能な敵ではなくて無能な味方、っていう名言がね」
「月見里さん、その心は?」
「常盤さんばっかり見過ぎて、私を疎かにしないでってことよ」
「やっぱり月見里さんって、意外と面白い人だよね」
なんやかんやありつつも、体育祭はまだまだ続く……
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