16話 体育祭練習
体育祭の練習では、主にリレーが中心だった。リレーは体育祭の最後に行われて、競技の点数も高い。一番重要な競技と言えるだろう。
「雄哉、全く衰えていないな」
同じリレーに出場する昇が、練習の合間に話しかけてくる。
「昇の方が、足は速いだろ」
「いや僅差なのがやばいって。一応、俺まだ野球続けてるんですが何か?」
「碧とかにも言ったけど、中学時代の貯金だよ。二年後には、かなり差がついているさ」
俺たちのリレーメンバーは、俺と昇、そして陸上部の二人なのでかなり上位にいけそうだと思う。
そうなると、ちょっとは身体を動かさないといけないな。野球部を辞めてから、全然運動していないし。
一通りのリレーの練習を終え、休憩ながらに座って、女子のリレー練習を見る。月見里さんと碧も運動はかなりできるので、こちらも上位にいけそうである。
俺は、立ち上がって碧と月見里さんに話しかけにいく。
「二人とも順調だな。流石の運動神経と言うか」
「春風君も、かなり順調みたいね。男子と女子の両方で一位なら、全体優勝も見えてくるわね」
「確かに。俺と月見里さんの、青春リベンジが始まるか?」
「まぁ、体育祭は楽しみではあるわね」
そうやって、俺と月見里さんが話している様子を、碧はただ黙って見ていた。いつもの碧らしくなくて、少し疑問に思う。
「碧、どうかしたか?」
「……えっ! べ、別に何でもないよ。ちょっと水飲んでくる」
碧はただそれだけ言って、水を飲みに行った。いつもの元気な様子と、少し違っている感じがして、俺は違和感を覚える。
「春風君、何かした? それとも喧嘩でもした?」
「いやそんな嫌われることはしてないと思うんだけどなぁ……体育祭の出場科目を決めたあたりから、なんかおかしいんだよな」
「……なるほど。意外と臆病なのね、常盤さんは」
「どういうことだ?」
「それは自分で考えなさい。私が言う事ではないわ」
月見里さんは何か分かった様子だったが、俺は全然見当がつかなかった。
全く、最近は分からない事だらけだ……
「借り物競争って、結局何するんだろうな」
俺は、体育の時間に疑問に思ったことを昇に話しかけた。朝練、放課後練だけでなく、体育の時間もクラスの練習時間となったのだ。
リレーと二人三脚は、昇や月見里さんと共に練習したが、借り物競争は一人で行う競技だし、どのような感じかもわからない。
「野球部の先輩に聞いたんだけど、グルグルバットしたり、縄跳びとかのちょっとした障害物競走の要素もあるみたい。あと、お題はかなりトリッキーみたいだってさ」
「トリッキー?」
一体、何がお題に出されるんだ。家の鍵とかマイナンバーカードとかか?
「好きな人とか、めちゃくちゃ可愛い人っていうお題が、去年は出されたらしいぜ?」
「おおう、それは別の意味でトリッキー」
出題する奴は、頭が恋愛脳の奴しかいないのか。青春コンプレックスを感じていた、昔の俺だったらぶっ倒れていたな。
「まぁ、お題は判定する運営側と、見た本人だけだから大丈夫らしいけどな? ただやっぱり、お題を気になる奴らは多いけどな」
確かに異性とかを連れ出した場合、芸能人のような質問攻めにあうだろう。そもそも連れ出した子に、お題について聞かれるだろうし。
「雄哉は、あんまり恋愛とかに縁がないからな。鈍感で臆病だし」
「うるせぇ。そういう昇はどうなんだよ?」
「俺は、好きな人いるぜ。まぁ、俺も奥手だけど」
「まじか!?」
碧も昇も、いつの間に……と思ったが、俺たち三人は考えてみると、こんな恋バナをしてこなかったなと思う。俺が悩んでいるって言うのに、二人は真っ直ぐと前に向いている。
「雄哉は、告白しようとか付き合おうとか思わないのか?」
「そりゃ考える事も少しあるよ。でも、今は悩み中というか」
「悩み中?」
「ちょっと真剣に考えようかなって。ただそう思っているだけだよ」
俺も、二人に置いていかれるわけにはいかないな、と思った。
それにしても、昇や碧の好きな人は、誰なのだろうか気になった。俺の知っている人なのだろうか……
それから、日々体育祭に向けて俺たちは練習を続けた。借り物競争は別として、リレーも月見里さんとの二人三脚も、だいぶ上達したと思う。
また、月見里さんと関わる事も増えて、かなり仲良くなった。
対して、碧とは何か気まずい関係が続いていた。前みたいに話しかけられることもなくなったし、俺から話しかけても何かよそよそしい。
そんな事が続く中、いよいよ体育祭前日となってしまった。体育祭前日は、主に明日の体育祭の準備の時間になる。
俺たち一年生は、主にテントの設営やグラウンドの草刈りなどが業務だ。テントを運ぶのはかなりの力仕事なので、テントの設営は男子に任されている。どうか非力な男子をいじめないでくれ~!
「俺って、碧に何にしたか?」
テントを運び終え、休憩がてらにゆっくりと設営しながら、昇に話しかける。
「雄哉は、気にすることはないと思うぞ。それに体育祭が終われば、またいつも通りになるさ」
昇は、少し笑いながら話す。気にすることはないから安心しろ、と言われても、碧とは親友だし、どこか気にしてしまう。
「でもさ、碧は親友で大事な奴なんだよ。こんな禍根を残すような事、俺はしたくないんだ」
「雄哉も碧も、不器用というか真面目というか考えすぎというか……そんな思うなら、二人で話してくれば?」
「でも、碧には避けられているんだよ」
「碧なら、さっき一人でゴミ捨て場の方に行くのを見た。今の時間は、体育祭の準備である程度自由だし、行ってこい」
「すまねぇ昇! 恩に着る!」
俺は昇に感謝を言いつつ、ゴミ捨て場の方へと急いで向かった。
ゴミ捨て場の方に行くと、碧が一人でいるのを発見した。
「ちょっといいか、碧」
「ユウ……」
俺が話しかけると、碧はどこか悲しそうな表情をしていた。
「なんで俺の事を避けるんだよ? 不満とかあったら、言ってくれていいし」
「いい。悪いのは全部私だし」
「どういう事だ?」
俺は、碧の言っている意味がよく分からなかった。
「私自身で考え込んで、嫉妬して、落ち込んで。だから、全部私のせい。ユウは何も悪くない」
「それって、具体的にどういう意味なんだよ? 何でそうやってまた一人で抱え込むんだよっ!」
俺は思わず、語尾が強くなってしまう。どこか中学時代の碧と似たようなものを感じた。
あの頃も、全て一人で抱え込んで、何とかしようとしていた。苦しい思いを、俺たちに見せないようにしていた。
「もうこの話は終わりにしよ? それに、ユウだったら一人でもどんどん進んでいけるよ」
碧はそう言って、俺から逃げるようにグラウンドの方へ向かった。
ただ時間は止まってくれない。人生はそう甘くない。
俺たちの事を待つわけもなく、いよいよ体育祭が開幕する――
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