回想④ 高校生になるまで (※雄哉視点)

 

 出席停止期間中に、昇と碧は俺の家に毎日来てくれた。

 俺にビビって、もうチームメイトの奴らが手を出してこない事、俺の悪い噂が広まっている事、野球部がしばらく活動停止になる事……と色々な話を聞いた。





「俺は、高校に入って野球続けるよ。お前らのために」



 昇はとても真剣な表情で、俺たちにそう決意した。



「高校はどこ行くんだよ昇。推薦の話もほぼほぼなくなっただろ?」



「野球部は強くなくて、普通の高校なんだけどさ。ここなら、同じ中学の奴らはほぼ来ないし、学力とかもまぁまぁ高くて、評判も良い」



「なるほどな」



 ここで昇から紹介されたのが、今通っている香川東高校だった。



「だから、お前たち二人も一緒にこの高校に通わないか? 別にさ、野球なんてしなくても良い。ただ、お前らがいれば良いんだ」




「俺が悪いのにな。昇には、本当迷惑かけた。碧にも、ごめん」

 


 昇は、俺たちの今後について考えてくれていた。昇は、ただ冷静に俺を止めようとしてくれていたのに、と思うと、とても申し訳ない気持ちになる。



「違う……私が悪かったから」



「俺が、もっと前から注意しておけばよかった話だ。碧は気にする言葉ないって」



 元から、碧が色々と言われているのは知っていた。あの時に、ちゃんと解決していれば良かっただけの話なんだ。




「雄哉も碧もごめん。俺も、パニックで何もできなかった」




「昇まで謝らなくて良いんだよ。悪いのは、俺だから




 そうやって、ただ三人で謝るだけの時間が続いた――













「ゆいねぇ、俺に勉強を教えてくれない?」




「ん? 志望校がやっと決まったの?」




 進路について深く考えていなかった俺だが、昇が言っていた高校に通うために、俺は勉強することに決めた。

 その事を包み隠さずに伝えると、




「うん、わかった」





 ゆいねぇは、それ以上は何も言わなかった。そして忙しいにも関わず、受験直前まで俺の勉強に付き合ってくれた。本当にありがとう、ゆいねぇ。















「久しぶりにさ、三人でキャッチボールしてみないか? 雄哉も碧も身体動かしてないだろ?」



 



 夏休みに、昇の提案で俺たちは公園に集まった。

 野球を辞めてからも、ちょくちょくキャッチボールは三人でしていた。野球自体は、三人とも大好きだったから。

 でも一つ、大きな問題があった。





 まず、俺と碧の二人でキャッチボールをすることになった。碧はあの事件以降、満足にボールを投げられなくなっていた。どうしても投げる時に、嫌な事がフラッシュバックしてしまうらしい。


 そう、イップスである。碧は、前のように満足に投げられなくなっていた。

 現に碧が投げた球は、俺の頭上を越えていき、後ろに転がっていく。




「やっぱり、碧のイップスは治らないか……」



「あいつらの事じゃなくて、雄哉がいると思って投げてみれば? グラブとかよりも、ただ雄哉を見る感じで」



 すると昇の提案が良かったのか、今度は良い球が返ってきた。



「おっ、ナイスボール。やっぱり、碧は守備だよな。スローイングと捕球は一流だ」



「えへへ! どうだ見たか!」




 少し三人が前に進んだ日だった。







 












 そして高校の合格発表の日。俺たちは、三人で合格発表を見に行くことにしていた。俺たち三人は、仲間であり、親友であり、一心同体だったから。






「お、おい。普通にしろよ。碧と昇は大丈夫だって」




「分かんないもん……それに、ユウがいないとダメだし」




「自己採点は、結構良さそうだったけど……あの事も、少なからず影響してるしな。でも雄哉も頑張ったし、多分大丈夫だよ」




「昇、そんな不安にさせないでくれ。吐きそう」



 

 ひたすらに勉強したので、多少の自信はあった。ただ、内申点やら記述ミスをしていないか、名前の書き忘れはないかなどと、色々考えてしまう。



 私立の滑り止めは合格していたが、やっぱり三人一緒で通いたい。そういった強い思いがあった。





「大丈夫。合格基準点を超えるように、猛勉強しただろ? 雄哉も成績かなり伸びていたしさ。受かっているから、緊張するなよ。リラックス、リラックス」




「はいダウトぉ! 昇も手が震えて、緊張しているぜ!」









 

 俺たちが学校に着くと、既に合格発表の番号が掲示されていて、人だかりができていた。



 俺たちは、緊張しながら自分の番号を探す。すると、自分の番号を見つけた。





「あ、あった!」



 俺は人目を気にせず、つい叫んでしまう。



「私も!」



「俺もだ!」



 ほぼ同じタイミングで、昇と碧も自分の番号を見つける。三人とも、無事に合格していた。




「やったよ、ユウ! 私たち、また一緒だよぉっ!」



 碧は泣きながら、人目も気にせずに俺に抱き着いてきた。




「人がいっぱいいるところで、泣くなよ。いろんな人に見られて、恥ずかしいだろ」




「だって、嬉しいもん! 良かった、本当に良かった……」




「雄哉、しばらくは、碧の好きにさせといてやれ」



 こうして俺たちは、香川東高校に無事合格して今に至る。





 






 合格発表を見に行った次の日。肩の荷が下りた俺と碧は、パフェが有名な市内のカフェに来ていた。




「ねぇ私、高校で野球部のマネージャーする」



「え、それは大丈夫なのか?」




 あの出来事から、碧は野球の事について、自分から話していなかった。イップスの事もあって心配な俺は、碧にそう問いかけた。




「ちゃんとあの出来事は、教訓にしてるし大丈夫。それにマネージャーなら、中学の時とは違うでしょ? やっぱりさ、野球自体は好きだから」



「そっか」




 昇も碧も前に進んでいる。立ち止まっているのは、俺だけだった。




「それに、ユウもいるからね。私は、ユウがいたら大丈夫!」




「俺は、野球部には入らねぇぞ」




「それでも大丈夫なの! ユウが同じ学校にいたら!」




「てか呼び方、雄哉のままでいいじゃん……何か恥ずかしいし」




「私の呼び方だから、いいもんね~!」












 


 また、ゆいねぇにも受験の結果を伝えると、とても喜んでくれた。



「ゆいねぇ、本当にありがとう」



「ううん。ゆっくんの事は、大切だからね。教える練習にもなったし。あの時は、どうなるかと思ったけど」




「本当、ごめん」




「もういいんだよ。ゆっくんは、まだ何回でもやり直せる」




「そう、なのかな。俺は、もう疲れたよ」



 すると、ゆいねぇは少し笑って



「とりあえず、入学式楽しみにしておいてね?」



「う、うん? わ、分かった」





 あっ、この時から性格悪いな。










 これが俺の中学時代のお話。物語のような、何事も上手く行く世界ではない。人生は、刻々と時間が過ぎる儚いものだ。




 ただもう一度、やり直せるかな――









 




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