回想③ 中学の事件 (※雄哉視点)
俺は、中学時代にある事件を起こした。思い出したくもない、忌まわしい出来事だ。
親友の碧と昇は、感謝してくれた。俺の事を、分かってくれた。
ゆいねぇは、俺を肯定してくれた。理解してくれた。
完全に後悔しているわけではない。もし、俺があの時何もしなかったら……もっと酷い事になっていたかもしれない。それは、碧や昇も言ってくれているし、分かっている。
ただ、昔に憧れた姿とやらはこんなカッコ悪いものじゃなかった。もっと、上手く出来たのではないかと、いつまでも考える。
そんな、悲しい俺の物語だ――
中学生の時、俺は野球部に入部していた。野球がただ単に好きだったから、といった単純な理由だ。
それに、野球が上手かったってのもある。サッカーやバレー、バスケにテニス……色々なスポーツをやったが、野球が一番得意だった。
どうやら俺は、天才らしい。ナルシストではなく、ただ周りからそう言われていただけだからな? 監督にも、
「お前なら、シニアやボーイズといった、クラブチームに入っても戦える」
と言われたし。色々な人に言われて、俺の野球の実力が凄いことに気が付いた。
クラブチームなどに、興味はなかった。俺にとっての野球は、ただの単なる趣味だったからだ。プロを目指そう、などとは全く思っていなかった。ただ、中学で楽しく野球をやりたかっただけだった。
また昔の俺は、今の俺とは真逆の自分だった。社交的で明るくて……今の言葉で言うなら、陽キャと言う明るい男子だった。
当時の俺は、誰とでも仲良くしようとしていた。仲間外れを作りたくない、仲良くした方が楽しい、知り合いが多い方が良い……と色々な事を考えていた。
え、なぜかって? なぜかというと、そんなカッコイイ姿に憧れていたからだ。単純な理由だろう?
昔から、俺は漫画を読んでいた。そこで、とあるスポーツ漫画の主人公に憧れた。
その主人公は、常にチームを鼓舞し、引っ張っていくというカッコ良さがあった。
俺も、こんなカッコイイ人間になりたいと思った。
また、ゆいねぇの影響もある。ゆいねぇは、先生になりたいという目標に向かって、凄く頑張っている姿を見ていたし、先生になってからも凄く頑張っていた。ただひたむきに努力する姿は、凄いと思っていた。
それに、ゆいねぇは優しかった。細かい所にも気づいて、常に色々な人を気遣っていて…
俺がかなり年下なのにも関わらず、ゆいねぇは同じ目線で接してくれて、とても嬉しかった。
ゆいねぇは、誰とでも明るく振る舞っていて、誰とでも仲が良かった。そんな人になりたい、と俺は思った。
こうして俺は、尊敬される人になろう、と思った。物語の主人公のように……
ただ、現実はそう甘くなかった。あの事件は、中学三年生になったぐらいの事だっただろうか。碧と、部室に向かっていた時だった。
「
「うわ、うざっ! 私は、一安打だけなのにさぁ……今度、パフェね」
「へいへい。今月は余裕あるし、奢ってやるよ」
「やりぃ! 流石、雄哉! イケメン! 人間国宝!」
この時はまだ、碧も俺の事を名前で呼んでいた。関係性は、今と全然変わってないけど。
「宿題三回分、そして予習二回分のお礼だ」
「そう考えると、雄哉ヤバくない? 不真面目過ぎない?」
「うるせぇ。勉強は、普通で良いんだよ」
ちなみに勉強嫌いなのは、昔からである。最低限の勉強はしていたので、真ん中ぐらいの順位だったかな。中学の時は、まだ少し簡単だったし。
高校生になると、ほんと今まで何だったんだろう……と思うからな。マジで。
「あっ! 今日の宿題、教室に置いたままだ! 取りに行ってくる!」
「俺も行くよ。どうせ、宿題は明日の朝やるけど」
「じゃあ、別に良いじゃん! 新入生も入ってきてるんだし、雄哉は早く行かないと」
「それもそうだな。先に行ってる」
碧は、俺との会話で思い出したのか、教室に宿題を取りに戻っていった。先に、俺は一人で部室に向かう。
ちなみに、俺は野球部のキャプテンになっていた。
徐々に、憧れた姿に近づいている、という嬉しさがあった。
よし! 今日も元気よく頑張ろう!
そう思って、部室のドアを開けようとしていた時だった。チームメイトたちの話が聞こえてきて、開けようとした手がとまる。
「あの、常盤先輩って可愛いですよね」
「まぁ、顔は合格だな。人間性は最悪だぜ」
「そうなんですか?」
「監督が気に入って、使われるようになっただけのカスだよ。それに、昇や雄哉と仲が良いからって調子乗り過ぎ」
「監督に、雄哉に昇……ビッチだな」
「頼んだらヤれるんじゃね? 嫌がらせで何かしてみるか」
「ついでに、雄哉と昇にも何かしよーぜ。あいつらもウザい。全国制覇、とかまだまだやれる! とか何様?」
俺は、頭が真っ白になった。俺が頑張ってきたのは、いったい何のため? そこまで言うほど、俺たちが大嫌いなのか?
いや、俺がどうにかすればいい。物語の主人公のように、俺が綺麗に解決すればいいだけの話だ。そう、思っていた。
その日の部活終わり。練習も終わって、グラウンド整備や片付けをしていた時の事だった。
「おい、監督は帰っていったぞ」
「これ、常盤の荷物じゃね。ちょっと、拝借してこうぜ」
「これ、雄哉のグローブじゃん。ボロボロにしてやろうっと! どうせバレないでしょ」
俺は、グラウンド整備に集中しているふりをして、チームメイトたちの話を聞いていた。そして、こっそりと抜け出すチームメイトたちの後をついていった。
「調子に乗ってる方が悪いよな」
「俺たちの事なんか放っておいて、あいつらで頑張ってれば良いんだよ」
もう我慢の限界だった俺は、つい行動を起こしてしまった。
「よう、お前ら? 随分と言ってくれたな」
「ゆ、雄哉……じょ、冗談だよ! ドッキリする予定で」
「あんなに俺たちの事を馬鹿にしておいてか?」
「何だそこまで知っているのか。へっ、バレたらしょうがねぇ。そうだよ! お前らが全て悪いんだよ! 野球が上手いからって、調子に乗るなよ」
「何だとてめぇ!」
こうしてボルテージがお互い高まっていたところに、昇が慌てて走ってきた。俺たちが急にいなくなって、何か察したのだろう。
「ちょっと落ち着けよ! これは、先生とかを通してさ! 冷静に話し合おうよ」
昇は、冷静な対応を取ろうとする。ただ、こいつらが聞く耳を持つわけもない。
「そんな時間ねぇよ。常盤も危ないかもなぁ」
「……お前らぁっ!」
そして、俺は一心不乱に殴りかかった。流石にチームメイトの奴らも、殴りかかってくるまでとは思ってなかったようで、とても焦っている様子だった。
俺は何も気にせずに、ただチームメイトを殴った。昇が先生に話に行ったり、チームメイトの謝罪も気にしなかった。
「ビビるぐらいなら、こんな事するんじゃねぜぞ。馬鹿野郎共め」
最初は威勢が良かったチームメイトたちも、ただ泣いているだけだった。泣きたいのは、こっちの話だっていうのにさ。
「碧たちはどこにいる?」
「ぶ、部室に」
「何かあったら、マジで許さねぇからな」
そして、俺は部室に急いて向かった。ただ、一心不乱に……
「碧!」
「雄哉!」
部室のドアを開けると、碧が壁の方に押さえつけられていた。碧を見ると、衣服もかなり乱れていて、今にも泣きそうな顔をしていた。
「何だよ? 邪魔するなよ雄哉。今から、って時なんだぜ? 随分と手間がかかったからなぁ」
「黙れ」
「随分と抵抗するからよぉ。ちょっと遊ぶだけなのになぁ」
「俺がビビるとでも思ったのか? 俺は、そんな優しくねぇぞ」
「お、おい」
「今更ビビるなよ? 俺が温厚とか思ってねぇよな。絶対、後悔させてやるからな?」
そして少し経ったぐらいだっただろうか。何人かの先生たちが
「おい、何してる!」
と大声で走ってきて、俺は殴るのを止められた。
先生たちに止められた後、職員室での話し合いが行われて、俺は監督に呼ばれた。
俺は、何も悪くない。さぞチームメイトの奴らに、悪い処罰が下されるはず……そう思っていた。
ただ、俺の予想とはかけ離れているものだった。チームメイトの奴らは、反省文だったのに対し、俺は三日間の出席停止と重い処罰を下された。
「え、監督! 何でですか!?」
「野球部の他の奴らは、お前たちに悪いことをされたと言っていてな。ただ、お前たちの言葉も無視できない。だから、これで許してくれないか」
証拠もなく、傍から見れば、俺が殴っているだけの暴力事件に過ぎない。チームメイトの奴らが口裏合わせをすれば、必然的に俺たちが不利になる。
「か、監督!」
「本当にすまん。俺が無力なだけだ。だから、お前は気にしなくていい」
俺は、あの時の監督を忘れる事がないだろう。悔しさと申し訳なさ、そして自分自身の怒りの感情が混ざった表情で、深々と頭を下げた監督の姿を。
「……分かりました。じゃあ、野球部辞めます」
俺は、それだけ言って職員室を後にした。
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