第4話

異世界系の漫画を読んでいて、常々不思議に思っていた事がある。


獣人さんって居るじゃない?


えぇっと私の言ってる獣人さんって言うのは、見た目ただの人間にケモ耳や尻尾をくっつけた方じゃなくて、見た目は動物そのままなんだけど二足歩行して言葉が通じる人たちの方ね。

この世界にも普通に居るんだけど、獣人に対する差別とか偏見だとかもそれなりに在って、「居心地悪いから獣人に居心地の良い場所を創ろう」って獣人さんたちが立ち上がって出来た国もあって、聞いた話だとそっちでは今度は逆に人間の肩身の方が狭いらしい。

他にもエルフだったりドワーフだったり、おおよそ異世界漫画やラノベに出てくる種族は皆居るんじゃないかな?


で。


何が疑問だったのかって言うとね。


食器類って獣人さんたちには使い難くないって話。


あぁ!あとジョッキ、あれも絶対飲み辛いよね?


幾ら流し込むように飲むにしたって犬系の獣人さんとかだと絶対横から盛大に漏れるはずでしょう?何故獣人さんが普通に居る世界なのに、獣人用の食器類が全くと言って良いほど開発されていないの?


「――――――そこんとこどうなの?」


訊いてみたのはお店に食事に来てくれた見知らぬ獣人さん。

勿論食事と支払いを済ませた後で訊いてるよ?


え?何でお前はそんな場所に居るのって?

働けって?失敬な!働いてたよ!!


今日だっていつも通り指を切っちゃってレンブラントさんに治してもらってたら。





「今日俺は忙しいんだ。これ以上仕事を増やすな」


そう言われた後、ほうきとちりとり渡されてお店の前に放り出されて、店の前の掃除を命じられたんだよ!?

しかもレンブラントさんが呼びに来るまでの時間無制限とか酷くない!?レンブラントさん絶対私のこと忘れて仕事に没頭してるよ。

お昼から今現在の夕方まで頑張った私を誰か褒めて!!





こんなのやってられるか――――――ってわけで丁度お店から出てきた犬系の獣人さん。年齢は判らないけどそれなりに落ち着いた雰囲気のある人に常々思っていた疑問をぶつけてみた。


「確かに少々使い難いが………それは仕方のない事だろう。手掴みで食事をすると人間は良い顔をしないからな」


見ず知らずの小娘からの急な質問に答えてくれた。

うん。この獣人さんもきっと良い人だ。


お店の前に置いてあるベンチに座り、空いてる隣をぽんぽんと叩くと獣人さんは特に躊躇うでもなく座ってくれた。

どうやら暫くお話に付き合ってくれるみたい。


「じゃあ獣人さんたちが創った国では食事は基本手掴みなの?」

「ワシらのような獣種であればそうだ。ただ鳥種は皿に食事を並べてそれをついばむのが一般的だな」


そっか、獣人さんって一括りにしてたけどその中でも獣と鳥で分かれてるんだった。


「じゃあお水とかもそのまま?」

「いいや。最近はコップから飲める者はそれを使う者が増えてきているな、多少の飲み難さはあるが手が濡れる事を嫌う者たちも居る。それで少しずつではあるが普及しているのだろうな」


やっぱり不便さはあるんだ。


「それならどうして自分たちが使い易い食器を作ったりしないの?」

「ふむ。何故………か、確かに無ければ自分たちで作り出せば良い。だが他種族とこれからも関わっていくのであれば、最低限相手を不快にさせない礼儀作法も必須であると考えての事だろう」


………つまり使い難いけど、それは他の種族の人たちの前で恥をかかないようにするための予行練習って事?でもそれを一国民にまで強いるのは――――――。


ふと、獣人さんが驚いたような顔で私を見つめているのに気が付いた。

考え事に集中しすぎて言葉が漏れてた?


「………平民とは思えない随分と聡い娘のようだ。それほどの知恵を持っていなければこの店の下働きは出来んという事か」

「………いえ、そういう訳では――――――色々と事情がありまして」


私が生まれた家には姉が三人、兄が一人、両親と私の七人家族。

到底お父さんとお兄ちゃんの稼ぎでは生活できなくて、姉たちも各々お母さんがやってる内職の手伝いをしたりしてるんだけど、変に私が良い所に就職してしまったもんだから姉たちのプライドが………ね?


三人ともが私より良い就職先があれば働く――――――なんてふざけた事言ってお母さんをブチギレさせた後、仕事から帰って来たお父さんとお兄ちゃんもそれを聞いてブチギレるというカオスが巻き起こったばかりだ。

しかも防音性とか何も考えられてない家屋だから、次の日にはご近所さんに私の勤め先が知られてるっていう恐怖。

プライバシーなんて在ったもんじゃない。


「あ、名乗りもせずに色々不躾に質問してすみませんでした。私はこの店で働いております、ユニと申します」


立ち上がって一礼すると、獣人さんは驚いた様子で目を丸くしていた。


「………どうかされましたか?」


もしかして作法間違えてた?


「なんでもない、ワシの名はロムロフだ。この国で私のような獣人にそこまで丁寧に頭を下げる人間は少々珍し――――――」

「ユニ!!お前は掃除もせず何をしている!?」

「ふひぃっ!」


いつの間にかレンブラントさんが店の扉の前に立って私の事を睨みつけていた。

私は思わずロムロフさんの後ろに隠れてしまった。

だってメッチャ怖いんだもの。


「お客様、ウチの店員がご不快な想いをさせまして大変申し訳ございません。ユニ、これ以上お客様に迷惑をかけるな、さっさとこっちに来い」

「………迷惑だなど思うておらぬよ。それより貴方はこの娘の上司か?」


私を引っ張ってでも連れて行こうと近付いて来たレンブラントさんと私の間に、ロムロフさんが割って入ってくれた。


「そのようなものですが何か?」


レンブラントさん!!だから雰囲気が何か怖いんだって!!


「暗くなり始めているこんな時間までこの娘をたった一人で店先で働かせておけるほど、この町は治安が良いとは知らなかった」


ロムロフさんの皮肉でレンブラントさんの凶悪だった雰囲気が、冷や水浴びせたみたいに一気に萎んでいくのが分かった。

他の町と比べてまだ帝都は治安が良いらしいけど、それでも子供一人で出歩いて何の心配も無いほど平和な世界じゃない。

それは私もこの世界でお父さんとお母さんにみっちり教えられたけど、まだ前世の感覚が抜けきってないせいか何の違和感もなく店先の掃除も引き受けちゃった私も悪いや。


「ウチの従業員を見ていてくださってありがとうございました」

「悪意あるものが居たなら彼女はもう店先には居ないだろう、出過ぎた真似だとは理解している。だがキミの先ほどのこの娘への第一声は適切だろうか?」


もしかしてロムロフさん、私が一人で危なそうだったから一緒に居て私の質問に答えてくれてたの?メチャクチャ良い人じゃん!!


ロムロフさんはレンブラントさんの肩をポンと叩いた後、


「楽しいひと時だった。次来る時も是非ワシの話し相手になっておくれ」


私の頭を撫でてそのまま去って行こうとしたのでその背に向けて、


「「またのご来店をお待ちしております」」


レンブラントさんと二人で頭を下げてお見送りした。



その後ちょっぴりレンブラントさんから謝りたそうな、申し訳なさそうな気まずい空気が流れてた。


当然、全て無視した。

私も悪かったからね。

謝れてないのはお互い様だし、今更謝られても私が対応に困る。

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