第4話

 休暇のためにいくつかある離宮の中の一つに向かう馬車の中で、アイラはラモンと向かい合って座っていた。


 他の側室たちは馬で移動している。ラモンは馬に乗れないそうなので、アイラと同乗だ。

 時折、こちらを見ている民衆に馬車の中から手を振ると歓声が上がる。ナイルは騎士としてついてきたのかというほど生真面目に前だけを向いているが、ケネスとレジェスは民衆に愛嬌を振りまいているようだ。


 ケネスはおそらく無理をしているだろう。だが、馬車に乗らないと言ったのはケネスだ。


「陛下も外に出て手を振らないのですか」

「警備の都合だ。途中で店に立ち寄るからその際に姿を見せる」


 ラモンは納得していないのか、不満げな表情だ。


「なんだ、何か不満なのか。見せびらかしても価値が減るだろう」

「いいえ、乗馬の練習をしておいた方が良かったかと思いまして」

「もしクーデターや戦争が起きて逃げる時は馬に乗れた方がいい。徒歩だとすぐ捕まる」


 アイラの答えはラモンを満足させられなかったようだ。

 女王の側室なら真っ先に狙われるとラモンなら分かっているだろうに。ちょっとばかり考えて、今日のために乗馬の練習をしておいた方が良かったという意味だとやっとたどり着いた。これは、ラモンらしくない発想だ。


「なんだ、私は馬に乗れるがラモンも一緒に乗せて欲しいということか? 戦争とクーデターの時は乗せないが」


 ラモンは顔を赤らめて窓の方を向いてしまった。そして民衆が見えたらしく、おずおずと手を振っている。


「では、帰りはラモンと一緒に馬で帰るか」

「落ちたら困るのでいいです」

「そなたは後ろに乗って落ちないようにへばりついていればいい」


 馬に乗ったことがなければ、あの不安定さと浮遊感にしばらく慣れないだろう。


「ナイル様と乗る方がマシですね」

「それは馬が可哀想だ」


 ラモンをからかい終わると、沈黙と休暇を取ったことへの後悔が押し寄せてきた。

 休暇を取ったのは失敗だった。すでに休暇後の仕事について考え始めている。仕事は良い。だって嫌なことをすべて忘れさせてくれるから。



 今回はヒューバートと訪れていない離宮を選んだ。だから、彼の記憶はそこかしこに現れることはない。実兄とは来たことがあるので、ただただ懐かしい。


 離宮に到着した日は食事を皆で摂ったのみだ。

 次の日はケネスと過ごすことにしていた。昼食は全員で摂るが、あとは側室と過ごす。どうせ、帰ったら王配を決めなければいけない。アイラの心を置いてきぼりにして決めなければずっと言われる。

 他の三人は気を遣って近くの湖に向かったと使用人から聞いた。


「私も仕事が欲しいです」

「なぜだ」

「やることがそれほどないので。パーティーの準備でも、誰かを探れでも何でもいいのですが」

「それは王配にしてくれというアピールなのか」


 ケネスは寝転がったまま首をかしげた。芝生の擦れる音がする。

 二人で離宮の外で寝そべって話しているだけだが、いつもは側室たちとは夜に会うので慣れないことこの上ない。


「王配の座ですか。陛下と机を並べて仕事ができるならばいいですね」

「空元気ならやめてくれ」

「いいえ、あれからずっと考えていました。兄は私たちを本当に裏切ったのかどうか」

「考えてみてどうだった」

「兄はやっぱり優しい人だったと思います」


 眩しくなってきたので、あお向けに寝転がっていた体勢をうつぶせに変えた。まだ、ちくりとアイラの心は痛んだ。


「指輪を送りつけることもできたのに、いつかは枯れる花を999本も」

「あのバラだって毎日届いて大変だった」

「でも、最後は枯れて捨てますよね。物理的には残りません。それになによりも、兄は陛下と一緒に死にませんでした」

「それは優しさなのか?」

「自分を優先するのならば、私なら愛した人とは一緒に死にたいです。一緒に死んでほしいと頼むでしょう。愛しているなら一緒に死んでくれるはずだと」

「そなたは苛烈だな」

「えぇ、ですから陛下。死にたくなった時は一緒に死にましょう。私は陛下が世界中の誰よりも大切ですから」

「そなたには私を看取るように言ったはずだ」

「えぇ、ですから私が陛下を殺して差し上げます。陛下を看取った後で、私も死にます。そうすれば陛下のご命令に背いたわけではありません」


 ケネスの灰色の目を至近距離で覗き込んだ。嘘を言っているわけではないようだ。


「そなたはもっと穏やかな男なのかと思っていた」

「私はあの穏やかに見えたヒューバートの弟ですよ。自分の中の愛は何かという答えにたどり着いて、兄と自分は似ていると思いました。兄は陛下の心に残りたかったのです」


 アイラは芝生の上に肘をついてケネスを見つめた。自分が入れた側室四人はレジェス以外はヒューバートに似ている面や思い出させる面があると感じていた。

 でも、実の弟でさえこれほどヒューバートとは違ったのか。


 ケネスは腕を伸ばしてアイラの髪に触れる。


「芝生がついてしまっています」


 彼はアイラの髪に触れて芝生をしばらく取り除き続けた。アイラは無言でされるがままだった。


「ナイル様だけは王配にしない方がいいでしょう」


 芝生を取るのをやめて、ケネスは片目を瞑る。


「恨んでいるのか、あの日にナイルが私を尊重したことを」

「いいえ、あれは仕方がありません。ですが、ナイル様はあまりに陛下を尊重し過ぎます。王配になれば陛下と反対の意見を持ち、諫める場面だってあるでしょう。ナイル様はそれができません。政治の面にも明るくないですし、陛下至上主義ですから。逆に言えば、陛下を殺すこともあり得ません」

「そうだな」

「家柄からいえば、王配はレジェス様かラモン様が順当です。ラモン様は伯爵家の方ですが、スペンサー伯爵家の資産は魅力的ですね」

「そなたは王家を牛耳るように話すのだな」


 ケネスはいたずらっぽく笑ったが、そのまま続けた。


「懸念はラモン様の体力と社交能力のなさでしょうか」

「その二つは大きすぎないか」

「えぇ、ですから大きなデメリットです。それをクリアしているのはレジェス様。私はあの方のことは全く好きではありませんが、ダメなところをあげるとすれば大抵半裸なことと社交経験のなさくらいでしょうね」

「レジェスの社交能力には問題がないと?」

「あの方は私より社交的ですよ。ハーレムの使用人たちもレジェス様のことを慕っていますし、あの人当たりの良さならば社交界でもうまくやっていけるでしょう。側室も追い出しそうにないですし」


 ケネスのあげた点は的を得ている。

 側室であるケネスが同じ側室である者たちを王配にどうかと批評するさまは面白かった。


「そうか。では、そなたは?」

「はい?」

「そなたは王配としてどうなのだ」

「……そうですね。まず、秘密は墓場まで持っていけるくらいの覚悟は以前証明できたかと」

「そうだな。口が堅いどころではない」

「社交も卒なくこなしますし、陛下に反対意見も言います」

「ダメなところはないのか」

「そうですね……うーん……兄関係以外で私のダメなところはないでしょうね。あとは陛下を殺すかもしれないことくらいでしょうか」

「そなたの愛は一緒に死ぬことなのか」

「愛する人のために一緒に死ぬことです」

「そなたは他の側室を追い出すのか?」

「レジェス様以外は皆好きですよ。ナイル様は陛下の可愛い狂った犬のようですし、ラモン様も扱いさえ分かれば可愛い猫です」

「なぜ、レジェスが嫌いなのか」

「なぜでしょうね……ちょっと考えてみます。すみません、やっぱり嫌いです」


 ケネスが本気で嫌がっている様子にアイラは思わず声をあげて笑った。その様子をケネスが満足げに見ているのにも気づいていたが、しばらく笑っていた。

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