第3話

「それにしてももうしばらく山賊の参謀として金を稼げる予定でしたが、陛下は頭が良くていらっしゃる。おかげで王都に潜伏する期間が長くなってしまいました。ギリギリまで山賊活動をする予定でしたのに」

「私ではない、夫の一人が頭がいいのだ」

「あぁ、なるほど。おかしいと思いました。陛下があれほど賢いのなら、なぜヒューバート・ランブリーの件にたどり着かないのだろうと。恋はこれほどまでに盲目なのかと感心したものです」

「面白いな、私を面と向かってバカにしてくる者は少ない。そなたはそのうちの一人だ」

「いえ、陛下の愛に感動しているのです。王配を決めずに側室を置いたことも含めて」


 ケネスに目をやると、ナイルに押さえつけられたまま布を口に噛まされていた。どうりで大人しいと思った。


「陛下はご自身に向けられる愛には大変鈍感でいらっしゃる」

「私は国民を愛する側だからな」

「ここまでお調べになって。どうして、私に暗殺を依頼したのがヒューバート・ランブリー本人だと分からないのですか」


 言葉を咀嚼するのにあり得ないほど時間がかかった。耳がおかしくなったのだろうか。

 しばらくしてアイラはやっと冷静になる。


「……そなたほどの暗殺者に依頼するのは、ヒューバートには無理だ。伝手がない」

「彼一人では、の話です」


 アイラの視線は自然にまたケネスへと向かう。ケネスはナイルに押さえつけられながら、目に涙をため首を振っていた。


「ケネスにも無理だ、伯爵にも……そもそも依頼料も高額だろう」

「左様でございます。しかし、私はちょうど困っていました。唯一の肉親である妹が病気になり、薬がまだ帝国の貴族にしか出回っていなかったのです」

「妹がいるのか。そなたなら金も伝手もあっただろう」

「それでも他国の人間に売るほどにはなかったのです。困っていた私はその薬のために依頼を受けました」

「時期にもよるが帝国相手に薬を融通してもらえる相手……スペンサー伯爵……いや」


 次に口にした答えは悩み続けた日数に比べてあまりにも短かった。


「まさか父か」


 男は頷いた。


「おかげさまで妹は回復しましたが、ヒューバート・ランブリーは全く違う病気でした。手足の震えや運動障害が起きるものです。進行すれば歩けなくなる、治療法はありません」

「嘘だ。ヒューバートも主治医もそんなことは」

「主治医の雇い主は国王陛下でしょう。いくらヒューバート・ランブリーが口止めしても、王太女だったあなた様よりも先に国王陛下に報告がいきます」

「そうだとしてもヒューバートにそんな症状はなかった」

「初期ですからね。転びやすくなる、字を書くと字がだんだん小さくなる、嗅覚が低下するなどはありませんでしたか」


 否定の言葉を出そうとして、喉に引っ掛かる。

 どうして白いバラについていたメッセージカードがヒューバートのものではないと思ったのか。あれほど筆跡がよく似ていたのに。そう、思ったはずだ。ヒューバートの字にしては文字が大きいと。彼は書いているうちに文字が小さくなっていった。


 そして男が挙げた中で他にも引っ掛かることはあった。


「自身の病気を悟ったヒューバート・ランブリーは婚約者をおりることはしなかったのですよ。王太女の婚約者としてはもう不適格ですのに。彼に会ってみて私は彼のそんなところがとても気に入ったのですけれども」

「そうすれば他の者が婚約者になっていただろう。今ならば王配だな」

「えぇ、でもヒューバート・ランブリーは陛下を愛していました。彼は悩んだ末、先代の国王陛下を通して私に依頼してきたのです」

「ヒューバートが……殺してくれと?」

「えぇ。あなたの婚約者をおりる気も、あなたの隣に他の男がいるのを見ながら生きていく勇気もない。そして病とともに生きていくのも自分で死ぬのも怖い。私はそんな自殺を助けるような依頼など今まで受けていないのですが、彼の心意気はとても好ましかった。恵まれているはずの貴族の恐ろしく弱い姿、それでも素直でむき出しのエゴでしたね。男女とは何とも面白いものです」


 男が会ったのは本当にヒューバートなのだろうか。

 アイラの知っているヒューバートは真面目で優しくて、いつも迷っている時に話を聞いてくれて。アイラの隣に他の令息がいて嫉妬するような人ではなかった。


「私は違うと言ったのですが、彼はよく女王陛下のことを理解していました。好ましいと思った彼のもう一つの依頼。そこのケネス・ランブリーも先代国王陛下も知らない依頼を私は今日こなしに来たのです。本当ならこんな回りくどいことはしたくないのですが」


 男がアイラの手の中の白いバラを指差した。


「彼は言いました。あなた様はもしかするとずっと死に責任を感じるかもしれない。そうだったらとても嬉しい。しかし、あなた様は女王陛下になるお方。いつまでも自分を引きずっていてはいけない。だからこそのバラが999本ですね。『生まれ変わってもあなたを愛す』」

「……そなたは私の知らないヒューバートをよく知っているようだ」

「男というのはそういうものです。好きな女性の前では弱っている姿など見せずに格好をつけたいのですよ」

「赤いバラでも良かったはずだ。私に白いバラなど似合わない」

「そう思っていらっしゃるのは陛下だけではないですか」


 アイラは白いバラに視線を落とす。香りがきついと思ったが、ヒューバートはこの香りくらいでないと分からなくなっていたのかもしれない。


「困った。私は来世で結婚しようと言っている秘書官がいるのだ」

「それでは、あの世で決闘していただくしかありませんね」


 男は瞬時におかしな返答をしてくる。


「なぜ、父は黙っていたのだろうか。ヒューバートも病気のことを。ケネスも」

「それは陛下を愛しているからです。言ったでしょう、陛下は向けられる愛に鈍感であると。皆、陛下に傷ついて欲しくなくてずっと黙っていました」

「しかし、そなたが今明かした」

「陛下がヒューバート・ランブリーを引きずらず、すぐに王配を決めていれば私はここに来なかったでしょう。陛下が引きずっていたならば、明かしてくれと頼まれました。ケネス・ランブリーだって先代国王陛下だってあなた様にこんなことを告げたくないでしょうから」


 ケネスは地面に突っ伏して泣いていた。ナイルはもう彼を押さえつけていない。

 目の前の男は信じられなくても、ケネスの様子からこの話が真実なのだと分かってしまった。


「そなたはこれからどうするのか」

「金も稼いだので帝国に行きます」

「そうか」

「私を殺さなくてよろしいのですか」

「その必要性を感じない」

「帝国より陛下の治世が素晴らしいものであることを願っています。もし私に依頼したいことがある場合は裏通りの占い屋にでもお越しください」


 男は笑うと背を向けて優雅に去っていく。


「陛下」

「一人にしてくれ。あぁ、ケネスが変なことをしないか見張るように」


 佇んでいるアイラにナイルが声をかけてきたが、手で制してから歩き始めた。

 とっくに日が暮れて、月が顔を出している。城門の方が少しばかり騒がしくなったが、アイラは気にせず歩き続けた。無表情で取り繕っていたが、頭の中は激しく混乱していた。

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