第六章 ヒューバート
第1話
人相画の男は発見されることがないまま、ヒューバートの誕生日がやってきてしまった。
毎日届けられる白いバラに秘書官たちは慣れてしまい、最初の頃のような物珍しさはない。それに、届くのは今日で最後のはず。
「注文の本数に一本足りませんね」
ナタリアは白いバラの数を確認しながら困惑した声を出した。
「今日届くのだろう」
「いえ、今日の分はすでに確認しましたがいつもなら届いているのに今日の分はないと」
「花屋が数え間違えたのかもしれない」
「それはあるかもしれませんが、うーん」
ナタリアは悩んでいるが、アイラは積まれた書類に取り掛かった。
「陛下、山賊対策も成功を収めました」
「そうだな」
「そろそろ王配を決めてもいい時期ではないでしょうか」
「お世継ぎもそろそろ……」
「私は検査を受けたと言っている。そなたの発言は私の側室たちが全員男性不妊だとでも言っているのか?」
会議で発言した貴族は他から睨まれて小さくなった。これで男性まで神殿で検査をしろと言われたら皆嫌だからなのか。
「それとも神殿の検査にケチをつけているのか。いや、私の検査結果を疑ってでもいるのか?」
「滅相もございません」
「ならいい。ただ、私が忙しすぎるのも事実だろう。山賊の件も落ち着いたのだから少し休暇を取ってもいいかもしれない」
「それはいい案です。陛下はこれまで大変お忙しかったのですから」
休暇を提案すると賛同の声が上がった。真っ先に賛同したのは側室の親たちだ。
王配と世継ぎの話をうまく躱して会議から戻る。山賊はあれから再度結集などしていないため、緊急の案件もない。
そろそろ定時だから仕事を終えるかと思っていたところでナタリアが憮然たる面持ちで近付いて来た。
「ケネス様がいらっしゃいました」
アイラは書類をめくりながら首を振る。
「今日はどの側室にも会う気はない。仕事が終わったら部屋に戻る」
書類を見ながらごまかしたが、アイラはため息をなんとか飲み込んでいた。
よりによって来たのはケネスか。ヒューバートの誕生日に。
「それが……いつまでも待つとおっしゃって」
ナタリアが追い払えなかったわけだ。仕方なく入るように指示すると仏頂面でケネスを連れて戻って来た。
「この世で兄の誕生日を覚えているのは我々家族と陛下だけではないでしょうか」
腕を広げるケネスにアイラは物悲しくなったが、意地で笑みを顔に張り付けた。
「その通りだな」
「陛下、少し歩きませんか?」
「まだ仕事が残っている」
「私とは散歩もしたくないですか?」
「そういう意味ではない」
「二時間でも三時間でも待ちます。今日お時間をいただけませんか」
「分かった。行こう」
ナタリアに残るように頼んでケネスと庭に出る。空が赤く染まって夜が来る前だった。まだ太陽があの辺りにあると思ったらすぐに見えなくなってしまうようなこの時間。アイラは書類から顔を上げてころころと移り行く光景を見るのが好きだった。
「今日はお忙しかったのですか?」
「いや」
庭をあてどもなく二人で歩く。そうしているうちに段々と暗くなってきた。
「陛下、お話したいことがあります」
「そうか。話すと良い」
「人目が」
ケネスがそう言うので護衛騎士を少し下がらせる。
「それで、お前は誰だ?」
「陛下、一体何を?」
アイラの唐突な問いにケネスは驚いたような表情をする。
「私が私の男を間違えるとでも思っていたのか。お前はケネス・ランブリーではない。誰だ?」
ケネスはしばらく驚いていたが、ニッと笑って胸元から白いバラを取り出した。その笑い方はケネスのものとはかけ離れている。
「こちらをお届けにあがりました。アイラ女王陛下」
「お前がヒューか」
「そう名乗っていたことをお許しください」
ケネスの顔をしたその男は白いバラを手に跪いた。
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