第10話

 書類上の誕生日の翌日、レジェスが夜の散歩にしゃれこむと前をラモンが歩いていた。早足で追いかけてすっと横に並ぶ。


「水臭いではないですか、ラモン様」


 急に声を掛けられ驚いたのかラモンが飛び上がってこけかけた。さっとレジェスはラモンの腰に手を回すが、どうしても渋い顔になってしまった。


「すみません。そんな顔しなくてもダイジョブです。男相手にこんなことをしたくない気持ちは分かります」


 ラモンは一部片言になりながら体勢を立て直す。

 レジェスはアイラの腰に抱き着いた時の感触を思い出しながら苦笑した。


「治ったのなら誘ってくださったら一緒に散歩しましたのに」

「侍従がうるさくて」

「あぁ、私か私の実家が毒を盛った犯人かもしれないと」


 ラモンは気まずそうに頬をかいた。


「正直な話、私ならあんなありふれた毒ではなく特定不可能な毒をたくさん知っています。放浪していたのでこの国で証拠の出づらい毒を取り寄せて使ってですね」

「レジェス様が犯人だなんて思っていません」

「あ、そうですか」


 レジェスは拍子抜けした。誕生パーティーも欠席であったし、散歩の誘いも途絶えていたしてっきり疑われていると思っていたのに。


「私だってレジェス様の物を盗ったりしていません。父である伯爵が関与していたら申し訳ないですが……こういうみみっちいことをする父ではないと信じたいです」

「父は父、ラモン様はラモン様でしょう」

「では、それはレジェス様に関しても言えますね」


 あの父と一緒くたにされたくはないので、レジェスも深めに頷いた。


「そもそも、一緒にいるところを見られたらまた嫌がらせをされます」


 ラモンは近付きすぎたレジェスから距離を取りながら慌てて周囲を見回した。


「ケネス様に」

「あぁ、私もそう思います。ナイル様はあり得ません。今回の件は彼でしょうね。彼には侍従もたくさんいますし」


 レジェスはあまり人が多いのを好まないので、公爵家出身にしては侍従をそれほど置いていない。自分のことは自分でできるからだ。ラモンは気難しいせいか実家が金持ちなのに侍従はほぼいない。ナイルは実家が貧しいので言わずもがな。

ラモンの言葉に同意すると、今度は驚いたような顔でレジェスを見てくる。


「どうしました?」

「いや……」

「私がもっと考えなしの、愚鈍な馬鹿だと思われていましたか」

「そんなことはないです」

「へぇ、それは光栄です」

「そのくらい少し話せばわかります」


 ラモンはムッとした表情だ。頭はいいが貴族としては致命的なほど顔に感情が出過ぎている。


 レジェスは自分が陛下を怒らせてしまったあの即位式のパーティーの時を思い出した。自分とは目さえ合わせずにダンスした後でラモンには柔らかく笑い、ラモンの耳元で何か囁いていた。陛下はこういう不器用な引きこもりの頭の良い男を好むのだろうか。ダンスまで下手な。


「ラモン様は陛下のことを愛していらっしゃるのですか」


 意地悪でもなんでもなく、レジェスは気になった。


「は? あ、あい……! あなたは何てことを!」

「乙女のような反応ですね。ここはハーレムですよ?」

「そんなことは分かっている!」


 思いのほか大きな声を出してしまったと気付いたらしく、ラモンは顔を赤らめた。陛下の好みというよりも、陛下はこの男をからかって遊んでいるだけかもしれないとレジェスは思い直す。もっとプライドが高くて気難しく嫌な男かと思っていたが、正直面白い。


「そういうことは陛下にだけ言えばいい」

「愛をケチってはいけません」

「は?」

「ラモン様は陛下を愛していらっしゃるようですね」


 夜でもそうと分かるほど、そむけていてもラモンの顔は赤くなっていた。


「私も陛下を愛してしまいました」

「それをよりによって政敵の息子である私に聞かせてどうするんですか」

「陛下にも言いましたから」


 ラモンの空色の目が大きくなる。

 亡くなったヒューバート・ランブリーを想って泣く陛下は美しかった。でも、寛大にもそう思えるのは相手が死んでいるからだ。陛下がラモンを好きでも、同じことを言えるだろうか。ナイルやケネス相手でも?


 空色を見ながら、そんな疑問を慌ててねじ伏せる。今はそんなことをしている場合ではない。


「私たちは平常時であれば仲良くはできないでしょうが、陛下のためなら仲良くできると思いませんか」

「レジェス様、一体先ほどから何が言いたいんですか」

「ケネス様は私たちに仲良くして欲しくないようです」

「あぁ、ケネス様のよく分からない企みに対して我々で協力しようということですか」

「はい。頭がいいラモン様は話が早くて助かります」

「褒めても何も出ません。明日からも散歩はします」

「ついでに昼間も訪ねていくのでお茶を出してください」


 ラモンは心底嫌そうな顔をした。面白い。


「私は異国の面白い書を持っているんですよ。お見せしましょう」

「分かりました」


 読書を邪魔されたくなかったようだが、異国の面白い書には関心があるらしい。


 陛下の一番になりたい、生きている者の中で。本当は死んでいる者も含めて一番にしてほしい。でも、そう言うときっと陛下は悲しむだろう。陛下の心にいるのはあの元婚約者だから。


 羨ましい。レジェスもああいう死に方をしたら陛下は少しでも自分を想ってくれるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る