第6話
白いバラを注文した人物と人相画の人物がよく似ているとナイルから報告を受け、一緒に茶を飲んでいる最中に警備兵から報告が来た。
レジェスの部屋からなくなったという公爵夫人の形見が人工池から見つかったのだ。
アイラでも公爵夫人の指に嵌まっているのを見たことのある、マンダリンガーネットの指輪だ。レジェスの目の色というにはそのマンダリンガーネットの色は薄すぎる。
レジェスは探してくれた警備兵たちの手前嬉しそうにしていたが、アイラと二人きりになると見つかったことに困惑していた。
「陛下。一体誰が犯人でしょう」
ナタリアは面白くてたまらないとばかりに目を細め、執務室に戻って来たアイラを捕まえる。
「レジェス様でしょうか。自分で紛失するのは簡単です」
「それならもっと大事なものを失くした方が説得力があるだろう」
「そこは謙虚さをアピールしたのかもしれません。では、ナイル様でしょうか。ナイル様はよくあの人工池のあたりで稽古をされていらっしゃいます」
「真っ先に疑われるところにわざわざ捨てておくだろうか」
「それを逆手にとって把握されている活動範囲にわざわざ投げ捨てたのかもしれません。ナイル様なら身のこなしは早いでしょう。さっと盗んでですね」
「ナタリアは想像力が豊かだ」
「ふふふ。ラモン様の毒の件も同一人物が犯人である可能性も考えなければいけません」
「それもこれも警備兵に任す」
ナイルの部屋で大して飲めなかったお茶を執務室で飲みながら、ナタリアの想像に耳を傾けた。派閥の争いに見えるが、ナイルやケネスが犯人である可能性もある。
頭を悩ませていた山賊が壊滅した今、アイラの頭の中を占めているのは人相画の男だった。正直、ハーレムのいざこざに構っていられない。王都中に人相画を張り出すよう命じたが、効果はあるだろうか。さすがに王都から離れた町にまではすぐに情報はいかない。
「そういえば、陛下。明日はレジェス様のお誕生日です」
「あぁ、もうそんな日か」
机の上の白いバラを見ながらアイラは相槌打つ。ということはヒューバートの誕生日まであと二週間。
「誕生日の前に形見の指輪が出てくるなどレジェス様は強運ですね。いえ、もしかすると誕生日に形見を見つけたと可哀想な自分のアピールするつもりだったのでしょうか。一日早く見つかって計画が崩れて困惑していらっしゃったのかも」
「ナタリアは本当に想像力が豊かで退屈しない」
「えぇ、どこぞの馬の骨といらっしゃるよりも私といる方が何百倍も楽しいはずです」
ナタリアは気を遣っているのだろう。
本名かもしれないが、人相画の男がヒューバートと名乗っていたと報告してくれてから口数が増えた。
「人相画の男が王都にいる可能性は高いでしょう」
「そうだろうか。王都は人がたくさんいて紛れられるが、人目もある」
山賊対策がなくなると執務量が減ってアイラの仕事はこれまでよりも格段に楽になった。早めに切り上げてラモンを訪ねると、彼の肌は炎症による赤みがほとんどなくなっている。
「片田舎では新参者は目立ちます。王都に張り紙がされていてもすでに王都にいたり、人脈があったりすれば疑われにくいのではないでしょうか。この印象に残らない顔立ちなら簡単に変装していれば分かりません」
ラモンの言うことも一理あった。すでにあの男は白いバラを注文しに王都の花屋に来たこともある。
「さらに言えば。陛下に白いバラを贈り続け、陛下の元婚約者の名前を名乗っている時点で陛下の目に留まりたいのでしょう。彼は王都にいるかやって来るはずです」
「私に恨みでもあると?」
「それならこんなに金がかかって回りくどい方法は取らないはず。恨みなら先代国王陛下の葬儀の際に平民を焚きつけて陛下に抗議を行わせることもできましたし、本当に山賊の一味ならば陛下の治世でこれが気にくわないから世間を騒がせていると主張すればいいだけのこと。あるいはもっと派手に暴れることもできます」
アイラは納得して頷いた。ラモンと話すと一人で考えている時よりも考えが整理できる。
「ありがとう。会議だとこう滑らかに会話が進まないから助かる」
「私の父も時折その滑らかではない会話に絡んでいますか」
「時折な。毎回ではない。毒の影響はかなり回復したようだな」
「はい。王宮の医師は腕がいいですね。薬が良く効きました」
「今日ももう少し側にいてほしいか?」
ラモンは一瞬耳を疑ったような素振りをしてから顔を赤らめた。プライドの高い彼に聞かない方が良かったかと思ったが、以前引き留められたのに急な報告が来て帰ってしまったので気を遣ってアイラから聞いてみたのだ。
「もう治ったので大丈夫です」
「ではダンスの練習をしなければいけないな」
「あ、やはり腕がまだ痛いです。今、たった今痛んできました」
「そんなに嫌なのか」
「散歩をさぼってしまったので体力をつけませんと」
「ダンスでも体力はつく」
ラモンは困ったように眉を下げ、積んである本に視線をやった。正直なラモンの様子に思わずアイラは笑う。
「そなたは読書をしたいようだから私はこれで帰る」
「陛下もお疲れでしょうからしっかり休んでください。安眠のコツは」
「ダンスの練習でもすればすぐ眠れる」
「しっかり風呂で温まってください、それから」
「分かった、分かった。母親のようなことを言わなくてもいい」
以前のラモンは痛みで心細かったのだろう。その時もっと一緒にいてやれば良かった。今のラモンはいつも通りだ。あの時のラモンは少し可愛かったのに。
アイラがそんなことを考えながら出て行った後で、ラモンはすぐ侍従に指示を出していた。侍従が使いに出てすぐ戻って来ると、ラモンはハーレム内のある部屋に向かった。
「遅くなりました。申し訳ございません」
「いいえ。陛下がいらっしゃったのでしょう。我々側室が陛下を最優先するのは当たり前のことです」
ケネスはいつもの笑顔で迎え入れる。約束をしていたのだが、陛下が訪ねて来たので時間をずらしてもらったのだ。
「側室同士のお茶会にもいらっしゃらないラモン様が私を訪ねてくださるなんて嬉しいです。自慢します」
「そういうつまらない会話から始めた方がいいですか?」
友好的なケネスに対してラモンは愛想笑いさえ浮かべない。ケネスはことさら笑みを深くして足を組んだ。
「どうされましたか、ラモン様。そんな怖い顔をされて。陛下と何かあったのですか」
「単刀直入に言います。あのような真似をするほど文句があるなら直接言ってください」
「あのような真似、とは?」
「私に毒を盛り、レジェス様の物を紛失させることです」
「私が犯人だとおっしゃっているのですか?」
「はい」
笑顔のケネスに対し無表情でラモンはしばしにらみ合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます