第7話
ケネスは朝起きて顔を洗いながら昨夜のラモンとのやり取りを思い出す。
頭でっかちな男だと警戒していなかったが、まさかケネスのところに直談判に来る胆力があるとは。
証拠はなかったので笑顔でのらりくらり躱し続け苛立った様子のラモンを寝る時間だと煽って帰したが、もっと駆け引きが達者だったら大変だった。
あのくらいのラモンなら取るに足らない。こちらは兄の死も乗り越えてきているのだ。あんな引きこもりのお坊ちゃまに負けることはない。
そして、今日の側室たちのみの昼食会兼レジェスの誕生祝いにはラモンは現れていない。
毎回茶会は欠席だが、今回も例外ではなかった。レジェス曰く、朝早く現れて誕生日の贈り物はもらったのだという。中身は露出の少ない服でスペンサー伯爵の経営する商会の一級品だったようだ。服を贈りたくなる気持ちが分かるほど、普段のレジェスは特に上半身の露出が多い。
ケネスもナイルもレジェスに贈り物をして、近隣諸国の情勢について他愛もない会話をしている最中のことだった。
「ケネス様。指輪はもっと地中深くに埋めてくださって良かったのですよ。それが最高の誕生日の贈り物になったはずです」
「何のお話ですか?」
話が途切れたところでレジェスが急に話題を変えたので、ケネスは飲みかけていたカップを置く。
「盗難にあった母の指輪です。私の手元には戻ってこなくて良かったので、もっと見つからない場所に埋めるか捨てるかしてくださればよかったのに」
「昨日人工池から見つかったという形見のことですか? 見つかって良かったとは思っていたのですが、なぜそれに私が関係あるのでしょう」
「ケネス様が人を使って盗ませたからですよ」
二人の間に流れる空気と会話の内容にナイルは目を見開いて動揺している。ケネスは舌打ちしたくなったが張り付けた笑みのまま応対した。
ラモンもこの放浪だけしていた男も勘がいい。お互い潰し合ってくれたらよかったのだが、そこまで頭は悪くないらしい。
「証拠もないのに疑われるとさすがの私も傷ついてしまいます」
「最初に、ラモン様の周辺を嗅ぎまわる様子に気付きました。ラモン様に何かあれば真っ先に疑われるのは私でしょう。だから予防線を張ったんです」
ケネスは首を傾げた。
せっかくナイルと自分があなたのために用意した風船や紙の飾りが台無しでしょう、とでも言いたげな雰囲気を出して。
「私に関してはそれぞれの侍従に違う内容を伝えさせました。魔除けのお面が大事だとか、隣国で譲ってもらった宝の地図が大切だとか、母の形見の指輪の宝石に価値があるとか」
「その中で見れば、指輪が最も小さくて盗みやすいから盗まれたのではないでしょうか」
「形見の指輪についてはケネス様の侍従にわざとらしくないように価値があって大切だと伝えさせました。ダミーの他の指輪を置いていたにも関わらず、母の形見の指輪だけがなくなったのです」
「もしかして、盗人にはその指輪が最も価値があるように見えたのかもしれません」
「換金するわけでもなく、池に投げ捨てたのに?」
困ったように肩をすくめてケネスは微笑んだ。レジェスは続ける。
「ナイル様がよく稽古をされているあの池に投げ捨てたのも、ナイル様に疑いの目が向くようにするためでしょう?」
「そうなのでしょうか。そんな簡単に考えますか? プラトン公爵とクィンタス侯爵は違う派閥で仲が悪い。スペンサー伯爵はクィンタス侯爵派閥。それなら仲が悪い派閥同士で争っているだけに見えますが」
「あの……私はもしかしてレジェス様のお母様の形見を盗んだと疑われているのですか?」
ナイルがここで困惑したような声を上げた。ケネスは一瞬呆れたが、レジェスはナイルに向かって微笑んで首を横に振った。
「いいえ。ナイル様の侍従はお一人ですし、元騎士なのですから盗むよりも私を殺すことだってできたでしょう」
「なっ! そんなことはしません。陛下に迷惑がかかります」
「たとえ話です。しかし、ナイル様。私を殺せるという点に関しては否定されないのですね」
「それは……その。可能か不可能かで言えば可能ですから」
ナイルを間に挟みながら、ケネスもレジェスもお互い笑みは崩さない。しかし、ここに至ってナイルも正直すぎておかしな雰囲気になってきている。
「レジェス様はどうしても私を罰したいのでしょうか?」
わざと悲し気にケネスは振舞った。疑われて傷ついていますと。
「あぁ、そんなことはありません。ただ、盗むなら次は換金してしまうか見つからないようにして欲しいのです」
「はい?」
ケネスだけではない、ナイルも怪訝そうな表情でレジェスを見ている。
「母の形見がせっかくなくなって喜んでいたのに、返って来てしまって。私は軽く絶望しました。呪いの指輪のようで……自分で捨てると呪われそうですし。誰かにやって欲しいなと」
「お母さまの形見では? 大切ではないのですか?」
「はい。家族と仲が悪いので」
「仲が悪くても亡くなった方のものは一応大切にするのではないですか?」
ナイルがもっともらしいことを言う。
「ナイル様は家族仲が良かったのですね」
「あ、はい」
何なのだ、こいつは。
マンダリンガーネット、あの大きさのものは希少だ。ブライトエントでは採れない。すぐに足がつくだろうが、換金すれば豪邸が何軒も建つ。城にはもっと希少な宝石はたくさんあるが貴族にとっては一級品だ。それなのに、この扱い。しかし、そんなことは口に出せない。レジェスの母の形見を見せてもらったことなど、この中の誰もないだろうから。
「では、そのように犯人に仰ってください」
「今申し上げています」
はぁとケネスはため息をつく。
「私は山賊のような真似はしません」
「あぁ、山賊といえば。壊滅したようですね」
「はい。ただ重要人物は逃走しているようで」
ナイルとレジェスは山賊についての話に移っていく。
あの男。あの人相画の男が逃げているのならば、騎士団くらいでは捕まらないだろう。きっとあの男はここに現れる。おそらくは兄の誕生日に。
ケネスは無言でテーブルの上に腕を乗せて指を組み、目を閉じる。その姿は疑われて悩んでいるようにしか見えなかった。
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