第4話
「レジェスの母親の形見がなくなった?」
「はい。しかし、当のレジェス様は全く気にしておられません。侍従は騒いでいますが」
ナタリアは笑いを堪えるように報告する。
「ナタリア。なぜそんなに笑っている」
「いいえ? 腹筋を鍛えています」
「楽しんでいるだろう」
「だって……陛下。嫌がらせでしょう? 大の男たちが集まるハーレムで形見を盗むだなんて……まるで女のつまらない争いではありませんか」
「刀傷沙汰が起きても困るのだが。それに形見だぞ?」
「陛下。レジェス様は全く気にしておられません。『捨てたら母に呪われそうだったしちょうど良かった。無理矢理荷物に入れられたから』などと発言しており」
「では、大したことがないな」
「馬の骨の男たちの様子を見に行かれないのですか」
「私を煩わさない男が好みだと伝えてある。父と兄で尻拭いはたくさんだ。警備に捜査させるように。まったく、ハーレムで盗みなど山賊が身内にいるようだ」
「陛下の愛を奪い合うのですからあの馬の骨どもは全員山賊より酷いです」
それで終わりかと思っていたが、翌日ラモンが毒を盛られた。毒といっても肌に酷い炎症が起きるタイプのものだ。ラモンは痛がっているものの普通に本を読んで過ごしているらしい。
「一体何が起きている」
「やはりあの馬の骨どもは山賊より酷いのです」
ナタリアから報告されてアイラは呆れた。
「男同士のキャットファイトでしょうか……」
「今更か? ハーレムに入った直後なら分かるが」
「プラトン公爵とルチェラ侯爵が揉めているからこんなことが起きているのでは?」
「あの二人が揉めているのはずっと前からだ。確かにこの前の会議でもやり合っていたがいつものことだろう。そこにルチェラ侯爵派閥のスペンサー伯爵が直接入るか入らないかくらいで」
「陛下が王配をそろそろ決めるだろうとお互い牽制しあっているのでしょうか。ナイル様やケネス様に被害はございませんから」
「プラトン公爵が夫人を亡くし弱っている今がチャンスとばかりにレジェスに嫌がらせをして、結局ラモンが報復されたということか」
「あのお二人なら実家側が揉めたというところでしょう。最近、陛下はレジェス様にお時間を割いていらっしゃったのであちらが過敏に反応されたかと。良かったではないですか、私としてももう少し面白いキャットファイトが見れるかと思っていましたのに」
「変な期待をするな。ラモンの件も警備に任せよう」
二つも事件が起きては様子を見に行くしかない。
ラモンは腕に酷い炎症が起きていて、顔にもやや出ていたが何のことはない普通に生活していた。
「薬も処方されましたし大丈夫でしょう。炎症から見ておそらくこの毒でしょうから一週間もあれば良くなります」
「問題なのはどこで盛られたかだ。食事なのか、接触されたのか。ハーレムの警備に問題があるかもしれない」
「まぁ、心当たりは食事くらいですが……これではダンスの練習はしばらくできませんね」
ラモンがニヤリと笑って急にダンスの話をしたので、アイラは一瞬ついていけずに呆気にとられた。
「それは本心なのか、冗談なのか」
「冗談です」
「そんなことを考えられるくらいには元気だということは分かった」
「のたうち回って痛がったら、陛下は心配してくださるのですか」
立ち上がったアイラの背中にいつになく真剣な声がかかる。振り返ると、空色の目がアイラを見上げていた。
「そんなことをせずとも心配している」
「では、今日はもう少し一緒にいてくださいますか」
空耳だろうか。ラモンがこんな殊勝なことを言うなんて。しかし、ラモンの白い肌はすでに真っ赤になっている。
「そういえば、山賊対策ではラモンの予想が当たった。あの侯爵領だった」
「はい、聞いております」
「そろそろ騎士団の成果が出る頃だろう」
ラモンは赤い顔のまま、頬をかいた。
「その、陛下を困らせるつもりはありませんでした」
「困ってはいない。困惑しただけだ」
アイラが話をそらすように山賊の話題にしたのをラモンは気にしたのだろう。
「手や顔がこんな風になれば、さすがに私も普段通りではありません」
「普段通りに本を読んでいるように見える」
「痛いと心細くなります。毒にならしていなかった自分が一番悪いのでしょうが」
アイラは次にレジェスの様子でも見に行こうと立ち上がっていたのだが、ラモンの隣に座り直した。
「賢いそなたでも不安になるのか」
「もちろんです」
「そうか」
「陛下、人間は一人では生きていけません」
「哲学でも語るつもりか」
「そうではなく。山賊以外のことも私に頼っていただいて大丈夫です。幸い、頭に怪我はしていません」
「心細いと言った口で今度は頼れと言う。そなたは本当に面白い男だ。まずはその頭脳でこの毒の件を解決せねばなるまい。もちろん警備も動かす」
ラモンの炎症が出ていない方の手を握った。細い指だ。ナイルは剣を扱うから手のひらが硬く、レジェスの指はもっと太い。ケネスはどうだっただろうか。こんなに白く細くないはずだ。
そのまま二人とも黙って時間が過ぎる。
「陛下」
ラモンが何か口を開きかけたところで、激しいノックの音が聞こえた。侍従が取り次いで騎士が慌てて入って来る。
「陛下。山賊の壊滅に成功しました」
「分かった。あの男は捕らえたか。参謀のような役割らしき途中加入の者だ」
殺した中にも捕らえた中にもその男はいないという報告を聞いて、アイラは唇を噛んだ。
「陛下」
「どうした」
「件の男は捕らえなければなりません。また新しく被害が出る可能性があります」
「分かっている。捕まえた連中に尋問して人相画を作って貼り出す。明日から忙しいからもう戻る」
アイラは大きく息を吐いた。まだ油断できない。
山賊の件が終わったら休暇を取って離宮にでも行こう。ヒューバートの誕生日も近付いている。
「陛下。隈が酷くなっています。しっかり眠ってください。眠れないなら対処法が」
「大丈夫だ。ラモンは安静にするように」
「いつも通りです」
「ダンスの練習は治ってからだ」
警備を強化することと安静にするよう念押ししてアイラは部屋を出た。
「坊ちゃま。寝る前に薬を塗りましょう。さすがに散歩はされないでしょう?」
「あぁ。あちらも大変だろう」
「もしかしたらプラトン公爵の仕業かもしれませんのにそんなことを。レジェス様ご本人が犯人ということもございます。公爵ならこういった毒くらい簡単に手に入るでしょうし、本人なら形見を失くすことも簡単です」
「この毒はよく出回っているものだから公爵どころか平民でも手に入る。それに形見がなくなっても気にもしてないそうじゃないか」
「なんと。ですがあれは演技かもしれません」
そんな会話を侍従としながら、ラモンはアイラが握ってくれた手を目の前に掲げた。
「坊ちゃま?」
「不思議な気分だ」
「陛下は犯人を見つけると約束してくださいましたか?」
「自分で突きとめてもいい、そんなことは重要じゃない」
人に触られるのは苦手だ。むしろ嫌だ。
ダンスは覚悟して踊ったからそれほど嫌ではなかったが……今日は突然手を握られても嫌ではなかった。
「坊ちゃまはこのハーレムに来ていい方向に変わっていっておられます」
「そうか?」
「運動したり、苦手なダンスの練習にも取り組んだり。先ほどの発言もお坊ちゃまらしくないですが、良いと思います。私めは嬉しいです。」
もう少し一緒にいて欲しいとかダンスの練習はできないという発言を思い出して、またラモンの顔に熱が集まる。あれらの発言はまるで……少し前に陛下に尻尾を振っていたケネス・ランブリーのようじゃないか。
なぜあんな甘ったれたことを言ってしまったのか。自分でも分からない。いや、痛みで心細いせいだ。このくらいの嫌がらせはどこにでもある。
顔にも薬を塗ってもらってメガネをかける。炎症を起こしている部分にメガネが触れて顔を顰めた。だが、炎症の痛みよりもアイラが背を向けて去ってしまった時の方が胸が痛かった。
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