第3話
「陛下」
ケネスは翌朝、レジェスの部屋から出てきて廊下を歩くアイラを呼び止めた。
「ケネスか。どうした」
「陛下が最近会いに来てくださらないので寂しく思っておりました」
「あぁ、それは悪かった。葬儀のあたりからあまりハーレムに来る時間をとっていなかったな」
アイラは予定でも思い出しているのか考え込む。起きてすぐでもピンと伸びた背筋はいつみても美しく、女王らしい。
「今日は会議があるから、明日一緒に食事をしよう」
「ありがとうございます。会議は長くなりそうなのですか」
「プラトン公爵が久しぶりに出てくるから時間が読めない。揉めないとは思うが、約束して破るのは嫌いだから明日にしよう」
「陛下らしいですね」
「プラトン公爵は容疑者から一度外してもいいかもしれない」
「どういう意味ですか」
急に耳元に顔を寄せて囁かれた言葉にケネスは困惑した。同時に、よくレジェスから香っている匂いがアイラから漂って不快になる。
「派閥の人間がやったのかもしれないが、あの暗殺者を雇うには相当の人脈と金がいるだろう」
「はい」
アイラはヒューバート殺害の件でプラトン公爵を容疑者から外すと言っているのだ。アイラが疑っている具体的な名前をケネスはわざわざ聞いたことがなかったが、有力貴族は軒並み疑っているとは普通に考えていた。プラトン公爵なら疑わしい筆頭だ。
「なぜ、公爵を外してもいいと?」
昨日レジェスと二人でいたことと関係あるのだろうか。絆されたなんてことはないだろう。アイラの体のどこにも、今のところ情事の跡は見つけられない。髪を結い上げているが首筋にもそんな跡はない。雰囲気もない。
アイラが自分でやったのだろう、髪の毛はいつもより緩く結われており結び損ねた髪が顔の横に垂れている。
「弱っている公爵と話してみて感じただけだ」
「公爵夫人が亡くなりましたからね……」
「あぁ。まぁ、単なる私の考えだがな」
「陛下、髪がしっかり結われておりません」
ハーレムの入り口に向かおうとしたアイラをケネスは止める。
「自分でやったが、うまくいかないものだ。部屋までほどいていった方がいいだろうか」
「私がやりましょう。妹で慣れていますから」
アイラを廊下のイスに座らせ、結い紐をほどいて丁寧に手で梳いて結び直した。
「これでいいでしょう。髪が乱れているようなお姿を見せるのはよくありませんし、他に見せたくありません」
「ケネスは器用だな」
「レジェス様はされなかったので?」
「レジェスは母を亡くしたばかりだ。眠っていたからそのまま出てきた」
「私なら陛下が起きる前に起きて、起きた陛下の髪を整えます」
「ははっ。今やってくれたようにか」
ケネスはハーレムの入り口までついて行ってアイラを見送った。
来た道を戻っていると、ラモン・スペンサーとその侍従が本を抱えて図書館に向かうところに遭遇した。丁度よかった。ケネスとしては、ラモンとレジェスが仲良くなられても困る。ラモンが側室になる前と変わらず部屋に引きこもって茶会にも出てこないから安心していたのに。今になって仲良くなるとは。
「おはようございます」
ケネスはにこやかにラモンに声をかけるが、ラモンは目礼だけして通り過ぎようとした。後ろの侍従は恐縮したように頭を下げている。
「ラモン様は最近、早寝なのですか?」
通り過ぎようとしたラモンは足を止め、意味が分からないとばかりに顔を顰める。
「ハーレム入りした当初は、ラモン様は夜遅くまで起きていらっしゃって朝こんなに早い時間にお見掛けしたことはありませんでした。ですので、最近生活習慣が変わったのかと」
自分の侍従の情報で知っている。先代国王陛下の葬儀の後からラモンは体力をつけようと夜に歩き回るようになった。最初はおかしな走り込みや筋トレをしていたようだが。もともと体力がないのだから、運動して夜早く眠り始めたのだろう。そうすると自然に朝早く目覚める。そして数日前からレジェスも一緒になって歩いている。
「それがどうかしたんですか」
ぶっきらぼうな返事だ。感情の滲みすぎている声にケネスはうっかり笑いが出そうになった。
「いえ、兄はそこまで鍛えているタイプではなかったので。陛下のお好みから離れて行っているのではないかと」
ラモンがさらに顔を顰めた。不機嫌になったのだろう。自分の努力を否定されたからか、ヒューバートのことを言ったからかは分からない。
「私が好きでやっていることなので」
「失礼しました。ラモン様は陛下のお好みに興味はないですもんね」
「陛下の好みは陛下の口から聞けばいい」
「それなら陛下としっかり会わなくてはいけません」
「あなたみたいに尻尾を振る犬のような真似を陛下が好きとも思えないが」
ラモンは言い捨てると足早に去ってしまった。
ケネスがアイラといたのを見ていたようだ。視力と態度は悪いが、頭は悪くないらしい。
「ラモン・スペンサーとレジェス・プラトン、それぞれの部屋に何か大切なものが置いていないか調べろ。あとナイル・コールマンの普段の予定も」
ケネスは部屋に戻ってから侍従に指示すると、ナイルの捜査状況を確認しに向かった。
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