第五章 山賊
第1話
「葬儀後にレジェス様がお戻りになられました」
「ラモン様と話しておられたようです」
「陛下は現在山賊対策にお忙しいと」
それぞれ侍従たちから耳打ちされた新しい情報にケネスは頷いてからまた考え込む。アイラの秘書を買収して得た情報も中にはあった。もちろん、最側近であるナタリアは買収などできないため彼女よりも持つ情報量が劣る秘書たちである。
ケネスは彼らを下げて一人になってから、紙に思考を書き散らかした。
兄の筆跡に酷似したメッセージカード。
なぜそんなものが陛下のところに白いバラとともに届けられるのか。元近衛騎士のナイル・コールマンでもまだ犯人にたどり着けていないとは。
よくよく見ればあれが兄の筆跡に酷似したものだと分かった。一見すると非常によく似ていたがあれは兄の字ではない、他の誰かが明確な意図をもって真似たものだ。
一体誰が送ったのか。ケネスには一人しか思い浮かばなかったが、ナイル・コールマンはきっとケネスや父であるランブリー伯爵を疑っているだろう。
いや、ケネスのことは疑っていないかもしれない。あのカードを見て動揺してしまった。そしてよりによってあのナイルに勘づかれてしまった。ずっと、兄の側で陛下を見ていた時からずっと隠しきっていた感情を。
あの忌々しい、陛下を守った元近衛騎士は大した政治的知識もなく口下手なのに陛下に関してのみ勘が鋭い。愚鈍なのに野生で生き残り続けるハイエナのごとく。
あの白いバラが陛下に贈られ続けるのは、兄の誕生日まで。そしてあの本数。
「あいつは一体何がしたいのか」
ケネスはぼやきながら、どうやってナイルの捜査を妨害するかまた考え始めた。
***
「ある男が加入してから山賊活動が活発になったと?」
「はい。これといった特徴がなく、言葉を交わしたことがあるのはごく少数とのことです」
聞き覚えのある風貌である。
白いバラを注文しに来た男がそんな風貌でナイルが捜査に行き詰っているのではなかったか。
「もう撤退しているだろうがアジトがあった場所の捜索と、明かされた次の襲撃地に騎士を送れ」
報告に来た騎士団長を見送ってから書類に手を出す。
「プラトン公爵夫人は予想より早く亡くなられましたね」
「あぁ、一カ月と聞いていたが……早かった」
「レジェス様は葬儀の後すぐにハーレムに戻ってこられたそうです」
「家にもう少しいればいいものを」
ナタリアに返事をしてから気付く。アイラも父の葬儀後すぐ仕事をしていたのでレジェスのことをどうこう言えなかった。
「レジェスは昨日からもういるのか」
「はい。最近ハーレムに行かれていないので向かわれますか?」
「プラトン公爵もしばらくしたら出てくるだろう。その前に早く戻って来たレジェスの顔は見ておかなければなるまい」
普段より伸びてしまった執務時間。夕食は書類を確認しながら摂り、いつもより遅い時間にレジェスの部屋に向かうと珍しくレジェスはいなかった。散歩中ですぐ帰ってくると侍従に引き留められて中に通される。侍従がレジェスを呼びに走って出て行こうとしたが止めておいた。
「陛下」
中に通されてソファで眠ってしまっていたようだ。ぼんやりした頭で目を開けると目の前でレジェスがいたずらっぽく笑っていた。
「お疲れなのにどうされたのですか」
「そなたの様子を見に来た」
「ラモン様と散歩をしておりましたが、ねぼけておられる陛下もこれからどうですか?」
「ラモンと? よく分からないが、いいだろう」
「ラモン様は体力のなさを嘆いておられて。今日から一緒に散歩をしているのです」
「ナイルに任せた方がいいのではないか」
「筋肉をつけたいのならナイル様がいいのでしょうね」
手を差し出されて起き上がる。髪が乱れていたようでレジェスが櫛を持ってきて整えてくれた。
「葬儀が終わってすぐ帰って来たそうだな」
「はい。私は陛下の男で、ここが私の家ですから」
レジェスは嬉しそうにしながら立ち上がったアイラと腕を組んだ。元気そうな様子にアイラはひとまず安堵した。
「レジェス、大丈夫なのか」
「陛下こそ先代国王陛下の葬儀の後で普通に仕事をしていたと聞いております。働きすぎではありませんか。今日も疲れて寝ておられて」
「そんな私をそなたは散歩に誘っているではないか。心配は口先だけか」
「ずっと書類や狸ジジイたちと格闘している陛下の気分転換になるかと思いまして」
「そなたの父親が一番の狸だ」
アイラは狸ジジイという言葉に笑いながらレジェスの部屋から庭に出た。
外は暗いが、生温い風が流れている。早足で歩くと汗ばむくらいだ。
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