第7話
「白いバラを注文しにやってきた男の名前は偽名か」
「はい。目撃情報をもとに宿屋を突きとめましたがすでにいませんでした」
「怪しいな」
「陛下に白いバラを贈るだけにしては手が込みすぎています」
ナイルに肩もみをされながら報告を聞く。利き手の右側の方がよく凝っている。
「白いバラの贈り主に名を連ねている貴族や孤児院を総当たりしていこうかと考えましたが、大事になりそうなのでやめましょうか」
「そうだな……聞き様によってはあちらが不安を感じるだろう。何件かに問い合わせても贈っていないと言ったのだからな。気味悪く感じるかもしれない」
「白いバラに毒などは入っていないのですよね?」
「あぁ。毎日毎日届いて検査させているが特に何も異常はない」
「では本当に善意なのか……それしても一人で999本は金銭的に負担が大きいはずです」
善意と見なすには謎が多く、アイラは考え込んだ。
執務室には一本しか飾っていないので、濃厚な香りはもう漂わない。それか連日届きすぎて鼻がおかしくなっているのか。
「メッセージカードは最初の日しか付いていなかったのですよね?」
「あぁ。『即位おめでとう』とだけ」
「そのカードを見ることはできませんか? あ、捨ててしまわれたのでしたか」
「あぁ、そうだ」
「カードに何か手がかりがあるかと思ったのですが」
ヒューバートの筆跡に酷似したあのカード。バタバタしていて忘れていた。ナイルには捨てたとうっかり口にしたが、きちんと取ってある。
アイラが返事をしないでいると考え事をしていると思ったのか、ナイルが続けた。
「初日しかカードをつけないのもおかしいですね。やはり陛下の即位のお祝いなのでしょうか。バラが一気に手に入らないから分けて贈ってきているだけで。よほど陛下に恩を感じているのかもしれません」
わざわざ999本も? アイラの即位からヒューバートの誕生日の日まで?
これは偶然ではないだろうが、ナイルを完全に信用していないからこそカードを捨てたと嘘を口にしてしまった。
「先ほどカードを捨てたと言ったが、机の引き出しにあるかもしれない。あの時はパーティー後で慌ただしかったからな。探してみよう」
「お願いします」
肩に置かれたナイルの手にアイラは自身の手を重ねた。
マッサージをしていたナイルの手が驚いたように震えて止まる。
「陛下、痛かったですか。申し訳ございません」
「いや、そんなことはない」
ナイルの方が体温が高いようで、温かさが伝わって来る。
父も側室も誰も信じられない。信じられるのはナタリアくらいだろうか。だが、このままでは何も分からない。ヒューバートの筆跡に酷似したカードも何もかも。
「もしカードを見つけたら後で持ってくる」
「はい。お待ちしております。夕食はどうされますか」
「今日はここで取ろう」
アイラがそう答えた時だった。廊下から慌ただしい足音が近づいてきてナイルの部屋に誰かやって来た。ナイルの侍従が取り次いで、使用人が入って来る。
「先代国王陛下が先ほど崩御されました」
「分かった」
ナイルに離れてもらい、耳元で囁かれた内容に表情を変えることなく頷いた。立ち上がって上着を探すと、察したナイルが持ってきてくれた。
「何か、緊急の知らせですか」
「父が死んだ。思ったより早かった」
ひゅっとナイルが息を呑む。
「以前お会いした時はそれほど……」
「父はもうすぐくたばると言っていたからな。有言実行はいいことだ」
部屋から出て行こうとして振り返る。
「すまない、忙しくなるから食事はまた今度」
「陛下、ご無理はなさらないでください」
「大丈夫だ、私は死には慣れている」
「食事は忙しくてもなさってください。陛下は以前から忙しいとよく食事を抜かれます」
アイラが父の死にショックでも受けていると思っているのだろうか。王女時代から忙しかったら食事はよく抜いていたからそのことを言っているのか。今はナタリアもうるさいから改善傾向だ。
「父は病気で今か今かという状態だった。別に平気だ。心の準備はとっくの昔にできている」
兄やヒューバートが死んだときの方がよっぽど悲しかった。ヒューバートの時は涙が止まらなかったのに、今は一滴も涙は出ない。喪失感も、何の許しもない。
「私は陛下が何よりも大切なのです。心配くらいはさせてください」
「ナイルがとうとう元騎士ではなく、私の夫らしくなってきたようだ」
ナイルの言葉に笑って、アイラは指示を出すために執務室に向かった。
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