第5話

「山賊の次の出没はここかここではないでしょうか」

「こちらは予想していたが、この侯爵領はなぜ? 移動に時間がかかるだろう」

「この山道を通れば簡単です。整備している途中で資金が尽きて放置されているので途中までは簡単に行けます。予想日数の半分以下で」

「それは知らなかった」

「金がなくて工事できないなどと普通の貴族は言えません」


 メガネをずり上げる仕草をしながらラモンが答える。

 父と会った後、執務室に戻ったが仕事が捗らず頃合いを見てラモンのところに行った。


「では、各所に警戒するように伝えなければ」

「同じ領地を二度襲撃することはないでしょう。警戒感が高まっていてリスクが大きいです。特にスペンサー伯爵領は」

「伯爵領には自警団や私兵が多数いるからな」

「はい。そういった準備ができないところに騎士は送るべきでしょう。少しは送らないと父はうるさく騒ぐとは思いますが。生来は小物なので不安でしょうし」


 父に容赦がないと答えようとしたが、自分に大いに返ってくる言葉でもあったので口に出すのはやめておいた。

 読書時間を減らしたくないだろうとアイラが立ち上がると、ラモンは怪訝そうな顔をする。


「なんだ」

「この前のようにダンスの進捗は確認されないのですか」

「そんなに踊りたいのか」

「私はこの先一生陛下としか踊りませんので、陛下とだけうまく踊れたらいいではないですか。それなら陛下と練習するのが一番です」

「それはそうだな。それで、ダンスは好きになったのか」

「相変わらず、それほど好きではありません」


 今日アイラが父の見舞いに行ったことを知っているはずなのに、聞いてこないのは興味がないせいかと考えていた。

 ラモンのところに来て毎回ダンスを確認しているわけではない。父のことを聞かず、ダンスを話題に出したのはラモンなりの分かりにくい気遣いだろう。恥ずかしいのか何なのか、彼の頬が少しばかり赤くなっている。


 ステップを簡単に確認しながら、そういえばと思い出した。


「この前のパーティーの時にアランスター伯爵の鼻をくじいてくれたようだな」


 ラモンはダンスに必死になっており、伯爵の名前を一度で思い出せなかったようだ。聞き返して考え込んで視線をあちこちに揺らし「あぁ」と声を漏らす。


「あまりにおかしなことばかり口走る方だったので我慢なりませんでした」

「悪魔崇拝に詳しいのか」

「本で読んだだけです。宗教に傾倒する人々は多いのでああいった本はよく売れます。悪魔崇拝の本はそれほど一般的ではありませんが一部に熱狂的な信者がいるので知っておこうかと」

「興味があるわけではないのか」

「ありません。私は悪魔も幽霊も、目に見えないものは全く信じていません」

「とてもそなたらしい」

「何か、伯爵が文句を言ってきましたか? 私の方には何も来ていません。ああいう小物が陛下に誇張して告げ口をしたのですか?」


 小物だと。これまたラモンらしい返答にアイラは笑い出しそうになった。


「ケネスから聞いた。感謝していた」

「あぁ、絡まれていましたから。ケネス様もはっきりと仰ればいいのに。ヒューバート様は放っておいても陛下と結婚でき、王配の地位も手に入るのですから悪魔などに頼る必要などないでしょう、なんて馬鹿馬鹿しい」


 ダンスに必死なせいか、いつもよりもペラペラとラモンの口がよく回る。


「そうだろうか。そんなに楽で楽しいものでもない。王配になると大変だ。王配はあくまで王配殿下。対等であるように見えて女王である私の下であるし、有力な貴族連中からは揚げ足を取られ、子供はまだかと言われ、子供の出来が悪ければまた文句を言われる。私に言えない陰口や文句を言われるだろう」


 ヒューバートが悩みを持っていたような言い方をしてしまった。まさか、ヒューバートや伯爵が悪魔に頼ったなんて考えてもいないのに。


 ヒューバートといる時に相談をするのは、もっぱらアイラだった。彼はいつも聞いてくれて、話を掘り下げて一緒に考えてくれた。だが、ヒューバートだって王配になるのに悩みはあっただろう。たまに考え込んでいることはあったから。聞いても何に悩んでいるのか教えてくれなかった。聞いても彼は穏やかに笑っていた。


「そのくらいは当たり前ではないですか。婚約者時代からそんなことはあるはずです」

「そなたでもそう考えるのか」

「高い地位にはそれだけ責任が伴います。その分いろいろ言われるでしょう。そう考えると側室は得です」

「損得で言えば、そうだな」


 会話に気を取られたラモンに足を踏まれないようにアイラは動く。


 さらりとラモンはヒューバートについて口にした。ケネスともヒューバートについて話すが、それは会話中に痛みを伴うものだった。

 だが、ラモンはヒューバートと会ったこともない上に何の感情も持っていないのか飄々と話した。そのせいかアイラもそれほど痛みを感じなかった。ヒューバートとの思い出に浸ってしまえば、痛みしかないけれど。


「もし、なんとかスター伯爵に文句を言われたらご一報ください。再度悪魔崇拝について語りましょう」

「おそらくそんなことにはならないと思うが、見てみたい気もするな」

「あの伯爵が陛下の側室になりたくて悪魔の力でも借りるなら理解できますが」

「それは私のことを褒めているのか。というかそなた、足元ばかり見ると余計に踏むぞ」


 ダンスを確認し始めてからラモンと視線は合わなかった。彼はずっと足元や床や壁に視線を向けているのだ。


「……褒めています」

「なんだ、スペンサー伯爵に叱られでもしたのか。甘言を弄するようにと」

「父の言うことを私が素直に聞くとお思いですか?」

「あり得ないな」


 少し機嫌を損ねたような声を出すラモンと視線がやっと合った。


「足元ばかり見ずに視線は前の方がいい」

「分かりました」

「この前よりも足は踏まれなくなったな。このくらいでいいだろう」


 アイラが腕を離すと、ラモンもアイラの肩甲骨あたりからゆっくり手を下ろした。


「上達している。練習は続けるように。次のダンスは建国記念パーティーだな」

「はい」

「では。読書の時間を邪魔したな。山賊対策の件もありがとう」


 ラモンの腕を軽くねぎらうように叩いてからアイラは背を向ける。


「陛下」


 すぐに呼び止められて振り返った。用件があるならすぐ言い出しそうなラモンはなぜ呼び止めたのか分からないとばかりに混乱した様子である。アイラは首を傾げた。


「また練習に付き合ってください」


 しばらく迷ったのち、ラモンはそんなことを口にした。


「読書の邪魔だと言わないか?」

「適度な運動は必要だと痛感しました」

「毎回は無理だが、分かった」


 こちらを見る空色の目。何度かラモンと会って話したからか、以前ほど心がかき乱されない。

 ヒューバートはアイラの心のイスに座っているはずなのに、彼の一つ一つを忘れ記憶が抜け落ちて行く気がして物悲しかった。


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