第9話
ナタリアたちはここ最近特に忙しいため、白いバラの贈り主について調べろとは言いづらい。ラモンには山賊について相談している。ケネスはヒューバートの件。レジェスは……母親である公爵夫人の体調が悪い上に皇太子のこともある。だから、ナイルに白いバラの件を頼んだ。足を使って調べるのはナイルが適任だろうし、他の騎士たちとも話しやすいだろう。
「現時点で分かっていることは、この日付に999本の白バラを陛下に届けるよう注文を受けたと。一度にこの本数は調達できないと店主が言うと、この日付までに陛下にこの本数のバラを届けるように注文を変更したそうです」
「999本には何か意味があるのか。まさか私の治世が999日しか続かないなどという皮肉だろうか」
ナイルの部屋で現状報告を受けていたアイラは本数を想像してうんざりした。あの白いバラはかなり長持ちするので飾るところに使用人たちが困っているほどだ。呆れてソファの背に体を預けたアイラを見て、ナイルは微笑んだ。
「バラは本数によって花言葉が変わるそうです」
「ほぉ。999本も贈る人間はそうそういないだろうから花言葉などないだろう。もしかして毎日届く本数に秘密があるのか」
「999本のバラには『何度生まれ変わってもあなたを愛す』という意味があるそうです。大変ロマンチックです」
ナイルの言葉でアイラは口をつぐんだ。
「こちらが報告書です」
紙を受け取ってアイラは軽く目を見張った。何度見ても日付は、あの日付だ。忘れることはない、あの日付。
「陛下?」
「贈り主は分かりそうか」
「これは現時点での報告書です。手がかりはあまりありませんが探し出します」
「分かった」
「陛下」
立ち上がったアイラをナイルは呼び止める。
「お疲れのようですが、本日は夕食をこちらで摂りませんか。マッサージもしましょう」
「あぁ……どうしようか」
アイラは少し迷ったものの仕事が残っていると断ってナイルの部屋を後にした。ナイルの表情を見る余裕はない。彼の表情を見たらまた絆されそうだ。
思ったよりも時間が経っていない。夕食を摂る気分にもならないのでラモンのところに寄る。息を弾ませ足を引きずりながらラモンが出迎えたのでアイラは怪訝に思って目を細めた。
「どうした」
「陛下の命であるダンスの練習をしておりました」
顔を赤らめながらモゴモゴとラモンが話す。侍従を振り返ると、ダンスパートナーとして足をたくさん踏まれたようでこちらも疲れたように足を引きずっている。
「なぜ、そなたは足を引きずっている」
「足が思うように動かないのです」
「では私と踊るか。踊りながら山賊対策について少し話をしよう」
執務室に戻って考えてもいいのだが、アイラの頭の中では先ほど見た日付と聞いた花言葉がぐるぐる回っていた。ナイルと喋っていてもずっと頭の中から消えてくれないから、ラモンと踊るならちょうどいい。
「な……」
「陛下。ささっ、広いこちらへどうぞ」
さらに顔を赤くするラモンと嬉しそうにさっさと場所を空けて誘導してくれる侍従。
「そなたなら山賊は使わないと言ったな」
「言いました。あ! 申し訳ありません……」
「わざと踏んだのではないのだから良い。被害のない地域なら確実にそこの貴族は疑われるはずだ」
「はい。万が一、山賊を使って他家の力を削ぎたいなら真っ先に疑われないよう自領でも多少の被害は出しておくでしょう。私なら、ですが」
「次はどこが狙われるだろうか」
「スペンサー伯爵領ではっ、すみません……」
「良いと言っている。なんだ、今日は疲れているのか」
「いえ、そんなことはありません。陛下こそお疲れなのではないですか」
「一日中机に座っているから体を動かさなくてはなまってしまう。私と踊るのが嫌か」
「ダンスは本当に苦手です……」
「大丈夫だ、離婚しないのだからそなたは私としか踊る機会はない。あぁ、他の側室たちと練習するか?」
「陛下がいいです……」
「他の側室たちに知られるのが嫌なのか、そなたはプライドが高いな」
何度か足を踏まれながらも踊る。ラモンの顔は恥ずかしさからか、ずっと赤い。耳まで赤い。
アイラは無性に彼をからかいたくなって、ラモンの耳をかすめるように触った。ラモンはよほど驚いたのか大きく震えてアイラに抱き着いた。
「なんだ、積極的だな」
「す、すみません」
ラモンは慌てて両手を上げてアイラから離れる。かわいそうなくらいに顔が赤いのでアイラはパーティーの時のように口角を上げた。
「伯爵領では警備の緩い地域が狙われました。大きな町ではありませんから油断もありました」
「確かにな」
両手を上げて降参のポーズをしながらラモンは続ける。アイラはおかしくてまた笑った。
「そなたはプライドが高いわりに可愛いな」
「可愛いとおっしゃられても嬉しくありません」
「そなたは賢くて可愛い男だ」
これ以上からかうとラモンの顔がゆで上がるかもしれないのでやめておく。
「んんっ。地域の事情に詳しい人間が手引きしているのかもしれません。案外貴族ではないか、あるいは複数の貴族が結託しているか」
「厄介だな」
「次回の時に生け捕りにして尋問できませんか」
「この前も生け捕りにしたんだが自害されてな」
「まるで暗殺者のようですね。山賊らしくありません」
「そうだな……」
一時間ほどダンスの練習に付き合ったのでラモンの部屋を後にする。体を動かしたおかげか頭の中を回っていた数字が落ち着いていた。
執務室に戻るためにハーレムの廊下を歩いていると、前から誰かが歩いて来た。彼らはアイラに気付くと廊下の端に寄って頭を下げる。いつもと違い、露出の少ない服を着ている。
「母君の見舞いに行ったのか、レジェス」
「はい」
「気分が悪そうだが大丈夫か」
「大丈夫です」
レジェスの脇を侍従が必死に小突いている。アイラにアピールしろという意味だろうか。
「プラトン公爵家から陛下に土産を預かって帰ってきました。後ほど届けさせます」
「分かった」
そのまま歩き去ろうかと思ったが、それにしてはレジェスの元気がない。いつもヘラヘラした男がどうしたことだろう。アイラが失望したと言ったことをここまで気にしている……わけでないだろう。アイラに気付く前からレジェスは少し顔色が悪かった。
「そなた、夕食は食べたのか」
「いいえ。公爵家で食べませんでした」
「では、ともに食べるか」
侍従の目が分かりやすく輝く。
「食欲がないので陛下を不快にさせるかもしれません」
「大丈夫だ、私も大して食べない。だが、疲れているならまたの機会にするか?」
そういえば、執務室で会話した時は後日話をしようと言った。公爵夫人の容態も聞いておきたいのでちょうどいい。アイラの訳の分からない怒りは白いバラの香りで塗り替えられている。侍従が必死にレジェスを小突いているのが相変わらず見える。
「陛下がハーレムにいらっしゃっているかと思い、公爵家では食べて帰りませんでした。少し遅いかと案じていましたがむしろ今で良かったです」
アイラは頷いてレジェスと並んで彼の部屋に向かった。
またも側室三人と同日に会うことになるとは、人は自分のことを好色だと呼ぶかもしれない。
いっそ側室全員呼びつけて夕食を摂るのが手っ取り早くていいかもしれない……寵愛の度合も分かりやすいだろう。だが、それをやると父のようになりそうなので行事の際以外はやめておこうとアイラは密かに心に決めた。
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