第6話

 アイラは公務を終えてからナイルのところへ行ってこの前のパーティー準備をねぎらい、次はラモンの部屋へ行って山賊対策について意見を求めた。


 ナイルはナタリアの案が素晴らしく自分は何もしていないと落ち込んでおり、ラモンとは少し議論したもののダンスの練習具合を聞くと口を閉ざされてしまった。ラモンの侍従は練習させると息巻いていたので良しとした。


 そして今はケネスの部屋に来ている。

 一気に三人の側室と会うなど今までなかったので、自分が酷く好色な女王のように思えてきた。花から花へ飛び回る蝶はこんな気分なのかとさえ考えてしまう。このくらい気にしないほど図太くないと王はやっていけないだろうか。


「パーティーの準備、ご苦労だった」

「もったいないお言葉でございます。ナタリア様はさすがですね」


 ケネスは先ほど会ったナイルのようにしょぼくれてはいない。いつも通りにアイラを迎えた。


「遅くなったが、ヒューバートの捜査資料を持ってきた」


 紙の束をケネスに渡すと、しばらくパラパラとめくっていたので口を挟まずに待つ。


「やはり、予想は変わらず実行犯はあの暗殺者ですね」

「そうだ。さまざまな通り名があるが……ヒューバート以降あの暗殺者は活動していないようだ」

「国外はどうですか?」

「調べさせたが被害はない。手口を変えたのかもしれない」

「対象を一撃で仕留める暗殺者は他になかなかいませんから考えにくいですね」


 ケネスは資料を読みながら、ふと思い出したように顔を上げた。


「そういえば、パーティーの時におかしなことを言ってくる貴族がいました」

「誰だ?」

「うちとはあまり関りがないですが、アランスター伯爵です。陛下の異母妹が嫁がれたところの」

「あぁ、あれは元からおかしな男だが……なんと?」

「兄のヒューバートが背中を刺されて死んでいたことで悪魔崇拝の儀式でもしているのかと」


 異母兄ルキウスによる襲撃計画を知っていてアイラに密告してこなかった異母妹を罰として伯爵家に嫁がせた。それがアランスター伯爵だ。

 彼はそこそこの金持ちだが、妻となった女性がすでに二人死んでいるいわくつきの人物である。


「伯爵を呼びつけて抗議しておく」

「あぁ、それは必要ないと思います。ラモン様が偶然近くにいらっしゃって話を聞いておられて。割り込んでこられて、悪魔崇拝とは何たるかを延々と早口で伯爵に語っておられました」

「……そうか」


 その場面が容易に想像できてしまった。ヒューバートの捜査資料を前に微笑むことなんて一生ないと思っていたが、アイラの口角は上がっていた。


「正直助かりました。伯爵に堂々と『悪魔崇拝に興味があるのか』などと聞いてくださって。他の貴族たちも『亡くなった奥方二人をまさか生贄にしたのか』と反応していたのでもう不用意な発言はしないでしょう」

「いたたまれないな」

「陛下にはそんなことを口が裂けても言わないでしょう。私相手だから言ったのでしょうね」


 まさか皇太子とレジェスに振り回されている間にそんなことが起きていたとは夢にも思わなかった。

 アランスター伯爵は監禁と加虐趣味があるだけだ。異母妹は結婚してから一切公の場に出てきていない。それがアランスター伯爵に王女を嫁がせる条件だったからだ。


「私が殴って騒動を起こすことにならず安心しました。陛下の顔に泥を塗るところでした」

「そなたが殴っていなくとも、私が斬り捨てていた可能性がある」

「アランスター伯爵は陛下がお好きなのです。しかし、陛下の婚約者になれないことは分かっていて劣化版の異母妹で我慢した。なのに、私のような伯爵令息が側室になったのが気に食わないのでしょう」

「たとえ本当でも言って良いことと悪いことがある。あの者にはしばらく声をかけない」

「あの王女殿下を引き取ってくださった方ですから大目に見ておいた方がいいのではないでしょうか。こう言えるのもラモン様のおかげです」


 ケネスはやや自嘲気味に笑う。こういうところはヒューバートと似ても似つかない。彼はこんな風に笑う人ではなかったから。良かった、まだヒューバートのことを覚えている。覚えていられている。


「ラモン様は思ったよりずっと良い人でした。いつも誘いを無碍になさるのでプライドの高い方かと。彼の家が兄の暗殺と無関係なことを願います」

「あれはどうしようもなくプライドの高い男だ」


 アイラが口を挟むと、ケネスは資料を手に灰色の目を面白そうに細める。


「なんだ」

「陛下は見目のいい男たちを侍らせて喜ぶ方ではないと以前申し上げましたが、存外我々のことを気にかけてくださるのですね」

「忙しい時はハーレムには来ないがな」

「この後はレジェス様のところへ行かれるのですか?」

「それはない」


 前々から知っているケネスの前だったからつい、断固とした口調が出てしまった。


「おや、温厚な陛下を怒らせるとはレジェス様はやりますね。皇太子殿下との件ですか?」

「今日はここでそなたと夕食を摂るつもりだったが、いない方がいいのか」

「何でもありませんよ、陛下」


 からかうようなケネスの口調は、ヒューバートが生きていた頃のケネスのようだった。そうだ、以前この弟は気楽な次男で今のようなしっかりした堅苦しい喋り方はほとんどしなかった。


「そなた、白いバラを私に贈ってはいないな?」

「白いバラですか? いいえ。そもそも、陛下は花がお好きでないと兄から聞いています」

「ならいい」

「しかし、白いバラとは他の側室の方ですか? 贈り主は自信がおありなんですね」

「どういう意味だ」

「花言葉の話です。陛下は花に疎くていらっしゃる」


 アイラが目を細めて見ると、ケネスは笑いながら教えてくれた。


「私も詳しくはありません。本数でも花言葉は変わるようです。『あなたと相思相愛になりたい』とか『私はあなたにふさわしい』ではなかったかと」

「しっかり知っているではないか」

「兄が教えてくれました。陛下の婚約者になってから必死に勉強していましたよ、花言葉を」


 ケネスと話すとヒューバートの死を突きつけられる気がして最初は避けていた。それなのに、実際に会話しているとヒューバートが生きているように錯覚する。


 そんなことを聞かされたら、いつまでたってもヒューバートを忘れることなんてできない。早く犯人を見つけたい。パーティーでの行動でラモンを寵愛しているというウワサが出回っているから、プラトン公爵が何か動くだろうか。


 食事を終えて執務室に戻ると、今度は白いバラの花束が届いていた。

 この前は「即位おめでとう」というカードがついていたが、今回は何もついていない。ケネスが口にしていた花言葉を思い出して投げ捨てようかと一瞬頭をよぎった。

 

 白バラが似合うのはシャーロットだ。アイラには似合わない白バラを贈りつけてくるのは一体だれなのか。


 投げ捨てようかと花束をつかんだ腕を下ろし、椅子の上に投げた。捨てずに花束を投げたところで、アイラの心は晴れなかった。

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