第5話
仕事があると断ったが、レジェスが待つと譲らないので仕方なく秘書官たちを退室させて部屋に入れることにした。
いつも座っている椅子にアイラは足を組んで座り、部屋に入って来たレジェスを見つめた。
「何か用か?」
ぶっきらぼうになってしまったのは仕方がない。アイラはルドウィンとの会話に、先ほどのカードで一気に消耗していた。カードの筆跡がヒューバートのものと酷似していて、心臓がおかしな音を立てている。
しかし、露出がそこまでない服を着こんで神妙な表情のレジェスを前にして少し冷静になった。
白いバラを贈ってきたのはケネスかもしれない。彼ならヒューバートの筆跡を真似るのは簡単だ。彼の悪戯だろうか。よく考えればヒューバートの筆跡は知っていても弟であるケネスの筆跡など知らないから、よく似ていたのかもしれない。
「陛下を怒らせてしまったので謝りに来ました」
「別に怒ってなどいない」
「昨夜失望したとおっしゃいました」
レジェスは普段のように軽くない、湿った声を出す。
「確証がなくとも陛下にお伝えしておくべきでした。私がルドと呼んで帝国で親しくしていた男がなんと皇太子殿下だったと」
レジェスの話は耳に入ってはくるものの、頭に入ってこない。昨日レジェスに失望したと言ってから、いろいろなことがありすぎた。そして最後が白いバラ一輪とレジェスの来訪である。
ケネスは白いバラについて問いただしたらすぐに白状するだろうか。
アイラがぼんやりして返事をしないでいると、レジェスは机の前に立ったまましばらく何も言わなかった。
肘をついてこめかみを指でなぞっていると、レジェスがその場で正座を始めた。頭の靄が晴れず、鬱陶しくなったので考えがまとまっていないもののアイラは口を開いた。
「兄の自殺の原因になった皇太子殿下と側室の一人がまさか名前で呼び合うほどの仲だとは」
「申し訳ありません」
アイラは自分でも疑問だった。なぜレジェスを前にしてこれほどイライラするのか。
兄は逃げた。それは兄がとても弱かったから。
帝国の皇太子に向かって「母親がメイドの成り上がり皇子」なんて言えば、酔っていても絶対に許されない。
「私は確証がありませんでした。ルドの名前がルドルフなのかルドガーなのかルドヴィカなのか。出会った時はお互い城下で平民の服装をしていましたし」
「そんなことはどうでもいい」
レジェスは大して悪くない。あの場で皇太子に挨拶する前にアイラに一言あって欲しかったが、レジェスが皇太子と仲がいいのは将来的に大変なメリットになるはずだ。兄のやらかしがあるだけに余計に。
それなのに、アイラは許せない。レジェスではない、レジェスを通して誰かに失望している。それが自分なのか、兄や父か、あるいはヒューバートか、そもそも男が嫌いなのかもまだ整理できない。
「申し訳ありませんでした」
「皇太子殿下とは仲がいいのか」
「……はい。帝国にいる間はしょっちゅう一緒に遊びました。お互いの身分については一切話していませんが、挙動でお互い貴族か平民でも裕福だろうと予想はしていました」
「良かったではないか、レジェス。私を怒らせて離婚されても文通できるくらい仲のいい皇太子殿下の帝国に行けばいい。面倒もみてもらえる」
「陛下……」
いつもヘラヘラしているレジェスの絶句した表情を初めて見る。しかし、その表情を見ても溜飲は下がらなかった。
「陛下、私は何をすれば許していただけますか」
「私が勝手に理想を作って勝手にそなたに失望しただけだ。そなたは別に悪くないだろう」
「もともと期待されていない次男だったので私は家族や周囲から失望をされたことがありません。私は陛下に失望されて、今どうしていいか本当に分からないのです」
「そうか、それならそなたの初体験だな」
レジェスが唇を噛みしめて俯く。
こんな表情もするのかとアイラは疲れた頭をもたげていた。アイラが単に男を支配して意のままに操りたいなら、レジェスの表情で愉悦を覚えるだろうに嬉しい感情など湧き上がってこない。
「父の容態が安定しない中やっと開催できたパーティーだった。私は本当に疲れているからこの話はまた後日にしよう」
「申し訳ありませんでした」
「そうだ。これはそなたが送り主ではないな?」
アイラは白いバラを指差す。レジェスは白いバラに視線を向けると困ったように笑った。
「私ではありません。ですが、謝罪に来るなら陛下に花束をお持ちすれば良かったです」
「花は大して好きではないからいい。わざわざ摘み取るのは可哀想だ」
レジェスは苦笑した。彼らしい普段の表情がだんだんと顔を出す。
「ケネス様から聞いた通りですね。陛下は花があまりお好きではないと」
「ケネスが?」
「はい。花を用意しようとしたらケネス様がそうおっしゃいました」
「そうか」
ケネスにそんなことを話した覚えはないが、それなら白いバラの贈り主はケネスではないのだろうか。
「そなたは外出届を出していないな? 公爵夫人の容態はどうだ、公爵家に見舞いには行かないのか。なんなら今受理できる」
レジェスの元気のない湿った視線に気づいて、アイラは病気だという公爵夫人に話題を変えた。
「陛下は……不思議な方です」
「なにがだ?」
「陛下は先代陛下の見舞いはされないのに、私にはするようにおっしゃるからです」
「死んでからでは会えないから見舞いに行くよう提案しただけだ。私は兄とそして元婚約者を早くに亡くした。順番なら父が先であるはずなのにな。だから死に慣れてしまった。だが、そなたはそうではないだろう」
「外出届はまた持ってきます」
これ以上、家族のことに口出しするのもどうかと思いアイラは頷く。
アイラの側には病気でもないのに常に死が横たわっていた。次は父だろうか、公爵夫人が先だろうか。それとも、ヒューバートを殺した犯人だろうか。
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