第4話

「女王陛下はシャーロットに何か言ってくれたようだ。昨晩から彼女の心の壁が少し低くなった」

「妃殿下が帝国に旅立つ前に話したかったことを話したまでです」


 パーティーに参加してくれた来賓をほとんど見送り終え、アイラは気が進まないながらも黒髪の男と向かい合って座っていた。ラモンほど真っ黒ではない黒髪に油断ならない理知的な目。

 帝国の皇太子ルドウィンである。シャーロットもレジェスも他の側室たちもいないが、ルドウィンは上機嫌だった。


 国力の違いにより、ルドウィンから会って話そうと言われればアイラは断れない。


「陛下には驚かされる。側室を四人も入れて、しかもレジェスまでいるとは」

「レジェスもこの場に呼びましょうか?」

「いや、いい。昨日はよく喋ったし、今朝もここに来る前に喋ってきた。レジェスと会話していたら私は帝国に一年ほど帰れない」

「はは、ではずっとブライトエントに滞在されますか?」

「さすがにそれは私も困るから文通することにした」


 自分の側室と帝国皇太子が文通か。

 アイラは表面上では笑みを作ったが内心ではうんざりしていた。目の前の男は兄を自殺にまで追い込んだ人物。いや、あれは根本的には兄が弱かっただけだ。そこで終わっておけばよかったのにシャーロットを迎えたいとルドウィンが言い出してから、アイラの心情はかなりこじれた。


ルドウィンはややふざけたように手を上げる。


「警戒しないで欲しい。本当にアイラ女王陛下には何も思っていない。むしろ、共感して親近感さえ抱いている」

「共感と親近感ですか」


 一番欲しいものを手に入れた帝国の皇太子がアイラの何に共感して親近感など抱くのだろう。それは強者のみが見せる同情と呼ぶのではないか。


「私たちはお互い、王や皇帝になる予定ではなかった。死を経験し、兄たちがやらかし、裏切られ仕方なく返り討ちにした。その結果が後継者であり、王だ」

「あぁ、なるほど。その点でしたか」


 ルドウィンは第四皇子で、第一皇子が病で亡くなった後の継承権争いに巻き込まれて最も期待されていなかったのに勝ち残った人だ。もともと頭が良かったのだろう。


「陛下は私と性格面もよく似ている。見れば分かる、同族だから。一度懐に入れた者は情を持って大切にするが、一度裏切れば二度と許すことはない。大人しそうで権力に興味がなく無害そうに振舞っていても、中身は苛烈で敵には時にひどく残忍になる。そして一番大切なものには執着する」

「やっと皇太子殿下が私との結婚を断った理由が分かりました」

「だろう? 私と陛下では帝国に血の雨が降る。だから、私はシャーロットのような女性でないと」

「いつからシャーロット妃殿下のことを?」

「初めて見た時からだ。見た瞬間、彼女が私のための女性だと分かった」

「妃殿下が兄の婚約者であった時からですか?」

「その通りだ」


 真っ直ぐな物言いにアイラはひそやかに笑って手元のカップに目を落とした。虚しかった。目の前の男とアイラには大きな隔たりがある。

 兄のことは関係なかったのだ。一番欲しいものを手段も選ばずに手に入れて喜びに溢れているこの男が眩しくて仕方がない。


「皇太子殿下は勇気がおありですね。まるで兄から妃殿下を奪ったように聞こえますし、それこそが正しかったように思えてきます」

「陛下の兄のやらかしは私のせいではない。暴言は帝国相手には絶対に言ってはいけないが、あそこまで彼を追い詰めるとは思ってもみなかった。そこだけは謝りたい」

「あれは兄と父が悪く、兄はきちんと筋を通して謝罪すれば良かったのに放り出して逃げ出しました。そもそも、兄はもういませんから私も野暮なことは言いません」

「女王陛下は話が分かる方だ。あなたとブライトエント王国に対して全くしこりは残っていない」

「私も元婚約者に会った時に何かを感じましたから、皇太子殿下の心を少しは理解できるつもりです」


 ルドウィンはカップに手を伸ばしかけていたが、途中でやめて急に真面目そうな表情になり片手を胸に当てた。アイラがヒューバートについて口にしたからだ。


「陛下の心に最大限の敬意を」

「ありがとうございます」


 ヒューバートに対してお悔やみを言われるよりずっといい。お悔やみを言われたら、ヒューバートがもういないことを何度も突き付けられているようだから。


「陛下は良き王になるでしょう。なぜならあなたは痛みを知っているのだから」

「皇太子殿下にそう言っていただけると自信になります」

「私は今日このように言おうとしていた。別に頼まれたわけではない。レジェスはいい男で、陛下とは合うと思う、と。なにせ私と合うのだから。だが、陛下がこれからどうするのかの方がレジェスより俄然興味が湧いた」

「たまたま王位を継いだ女王ですが」

「正直、世界の国々が全員女性をトップに立てたら戦争など起きないかもしれない」

「そうなったら拍手をしてとびきりいい酒を開けましょう」


 二人で笑い合った後、アイラは用意していた贈り物を差し出した。


「こちらはシャーロット妃殿下に」

「気を遣わなくても本当にブライトエント王国とは仲良くしていくつもりだ。偽りはない」


 王族同士で本音の会話などありえないが、パーティーでもあった発言なのでこれに関しては信じてもいいのだろう。


「妃殿下が急に帝国に行かれることになった年に用意しようとしていた誕生日の贈り物です。あの後はいろいろあってお送りすることもできませんでした」

「中を見ても?」


 予想していたことなので頷く。支配欲の強そうな男だから絶対に中は確認したいだろう。


「ブライトエントの温暖な地方でしか採れない真珠です」

「黒のようで緑にも虹色にも見える」

「えぇ、そういう真珠です。もし良ければ妃殿下に。殿下の髪のお色でもあります」

「女王陛下は素晴らしいセンスをお持ちだ。感謝する」


 気が滅入るような話をなんとか終えて、ナタリアのいる執務室に戻って来た。


「これは?」

「今朝届いた贈り物のようです。毒などはなかったので飾りました。カードがこちらに」


 一輪だけ白いバラが飾られている。普通、贈るなら花束だろう。

 不思議に感じながらもアイラはカードを開き、すぐに握りつぶした。幸運にも執務室にやって来た誰かに皆が気を取られ、アイラの行動は疑問に思われずに済んだ。素早くカードをポケットに入れてアイラは顔を上げた。


「陛下、レジェス様がお会いしたいといらっしゃっています」

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