第3話
レジェスとろくに口を利かずにダンスを終えた後はラモンに手を差し伸べた。ラモンはおずおずとアイラの手を取って明らかに緊張した様子で歩く。
「陛下」
「どうした」
「私はダンスが苦手です」
「そうか、それは仕方ない。やめるか」
すでにアイラとラモンには会場の視線が集まっている。もうすぐ次の曲も始まってしまう。それなのにラモンは踵を返そうとせず、彼の腕からは震えが伝わってきてレジェスへの怒りで頭にきていたアイラはやや冷静になった。
周囲の視線以外の光景がやっと目に入ってくる。レジェスはアイラの怒りを気にしていないようにケネスと笑い、ナイルはぼんやりとアイラたちを見つめている。
「やめません。ただ、全く自信がないので陛下がリードしてください」
早口で言いきって顔を赤らめるラモンに思わずアイラは素で笑った。曲が始まったが、アイラとラモンはまだ動かない。周囲の貴族がざわめいている。
「へ、陛下、ダンスが」
「そなたは離婚するなと交渉してきたり、リードしてくれと言ったり忙しいな」
「私がリードしたら陛下が恥をかきます。何度も足を踏んでしまうでしょう」
この男は初対面で交渉のカードを切ってきたが、嘘はついていない。頑張ってパーティーに出てきて、ダンスに引っ張り出されて自分の部屋にいる時とは態度が全く違う。いつもならこの男の言っていることは本当だろうかとアイラは疑うが、ラモンの素直な言葉を好ましく感じた。
裏切ったり、置いていったり、大切なことを言わなかったりする男はアイラにはもうたくさんだった。
ラモンの顔は赤い。今の状況は傍から見れば、ラモンが頑張ってアイラに祝福と愛の言葉でも言っているように見えるだろう。ラモンの性格を知らなければ、だが。
アイラはそっとラモンの耳に顔を寄せる。ビクリと彼の体は大きくはねた。
「では、私がリードするからしっかりついてくるように」
耳まで赤らめた様子が面白くてクスクス笑いながらアイラはラモンと踊り始めた。
「陛下はレジェス様を寵愛なさっているという話ではなかったか」
「あのご様子ではラモン様と仲睦まじいようだ。そもそもヨナハ地方の件に貢献したのはラモン様だった」
「ヒューバート様は真面目で優しい方でしたから陛下はそういった男性がタイプなのでは?」
「では、放浪していたような息子では駄目だということか」
貴族たちの会話が耳に入ってくるが、アイラとラモンの会話はロマンチックとはほど遠かった。
「ラモン、動きが硬い」
「っすみません」
「もう少しリラックスしてくれ。踊りにくい。そうだな、スペンサー伯爵領にも出てしまった山賊の話でもするか。何か心当たりなどはないか」
「陛下が騎士団を送ったにも関わらず残党があまりに多いので、貴族がバックについているのでしょう」
「あぁ、それは私も考えている。だが、どの貴族かも見当がつかない。むやみに疑うわけにもいかないからな」
「被害が出ている地域は限定的です」
「あぁそうなのだ。だからひとまず被害が出ていないところの貴族から調べているが」
アイラはリードしながらラモンの顎あたりに向けていた視線を上げる。空色と視線がかちあって、アイラの心が感情を見せる前にラモンが驚いて頬を赤くする。それを見て、アイラはまた口角を上げる。
「まさか、スペンサー伯爵が山賊のバックアップをしているなんてことはないな?」
「それはないでしょう。父は野心家で少々器が小さいですがそこまで落ちぶれていませんし、頭が悪いわけではありません」
あまりの父親への暴言にアイラは耐え切れずに笑った。
「そなたは実家が一瞬でも疑われたのに怒らないのか」
「私なら山賊のようなリスクのある手段はとりませんし、そもそもうちは金持ちです。他家に対して何かする必要がありません」
「ではそなたなら他を陥れたい場合、どんな手段を取るのだ」
「そんな無駄なことをするよりは本を読んでいたいですが……手っ取り早く嘘の投資話を広める方が早いでしょう。なにせ、山賊は信用に値しません」
「そうか。疑って悪かった」
「疑われるのも仕方がありません。なにせ父はルキウス殿下をこっそり支持していて、陛下が即位されたら私を平気で側室にするのですから」
「そなたが志願したのだろう」
「えぇ、そうです」
ちょうど曲が終わった。山賊の話をし始めてから話に集中したので、ダンスが踊りやすくなったことにラモンは気付いていただろうか。
「異母兄のことは気にしていないが、ダンスは練習しておくように。また話をしよう」
恥ずかしさで頬を染めるラモンの腕を軽く叩いてケネス・ナイルの順に踊った。
側室全員と一曲ずつは踊ったのだから体裁は整っただろう。レジェスにかき乱された心はラモンのおかげで凪いだ。
「陛下、レジェス様と皇太子殿下の関係は調べさせています」
「そうか、仕事が早いな」
「プラトン公爵も初耳だったようであの二人のご様子に大変驚いていらっしゃいました」
「公爵のその顔は見たかったな」
ナタリアが飲み物を持ってきてアイラに耳打ちする。
「陛下、大丈夫ですか。少し夜風に当たりますか」
「もうしばらくしたらパーティーも終わりだから大丈夫だ」
喉を潤しナタリアではなくパーティー会場に目を走らせながら会話する。皇太子とシャーロットがちょうど踊っているところだった。
「私を一番分かってくれるのはナタリアのようだ」
「ようやく私と添い遂げる気になってくださいましたか、陛下。では、側室とは全員とお別れしてください」
アイラは先ほど初めて側室の存在に感謝したところだった。ラモンの存在と表現するのが適切だろうか。
皇太子とシャーロットに会っただけで、しかもレジェスの大したことはない行動で心が乱されていてはいけない。
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