第10話

 公務に追われていると月日はあっという間に過ぎていく。側室を迎え入れる日が来てしまった。

 

「いよいよ、陛下の夫となる方々が到着されますね」

「そうだな」

「誓約式の会場の準備は完璧です。先代国王陛下のお加減が悪いので、華やかすぎず上品な飾りつけになっています」

「父はきっと最後の最後の瞬間まで私に尻ぬぐいをさせて邪魔をするのだろう。誓約式の時でさえ私の大切な秘書官たちにこれほど気をもませるのだから」

「さすがの私でも先代国王陛下の悪口を言うことはできません」


 アイラが視線を向けると、ナタリアは笑っていた。アイラが人払いをすればきっと悪口が止まらなくなるだろう。


「私が側室を迎えると耳にして、ショックで亡くなった方が父にとっては良かったのかもしれないな」


 ナタリアはおおっぴらには賛同できないのか、笑いながら黙って紅茶を差し出してくれる。アイラの心の内とは真逆で空は綺麗に晴れていた。


***


 誓約式でアイラは入場してから着飾って並んだ四人の男たちを見た。

 ケネスに視線を向ける時間が他よりも短くなってしまったのは仕方がない。彼は本当にヒューバートによく似ている。式中に取り乱さないためにも彼をじっと見ているわけにはいかない。


 アイラは息を整えて会場を見渡した。

 四人のうち二人は知っていて、残る二人はほぼ初対面だ。

 レジェス・プラトンは緊張感なくヘラヘラ笑っているが、その様子が彼を大物に見せていた。ラモン・スペンサーは仏頂面できっとこの男はこういった式典に慣れていないに違いないと思わせる。


 ナイルは護衛騎士だった時のように気配を消して背景に同化しようとしていたが、中央に進み出る必要性があるので自然と視線が集まりやや緊張気味だ。ケネスはあまり見ていないが、高位貴族の二人に劣らず笑みを浮かべて堂々としている。


 書類に四人がそれぞれサインをして、アイラの前に跪く。アイラはそれを見ても何の感動もなかった。あるとすればほんの少しの罪悪感だろうか。


 淡々と側室たちの手を取って横から差し出される指輪を嵌める。普通の結婚式ならば、指輪は幸福の象徴なのだろう。

 アイラは鈍く光る指輪をぼんやり見つめた。女王になった実感がやっと出てきたと思ったら側室か。自分で決めたことなのに、やはり虚しくなる。


 アイラだってたった一人に、他ならぬヒューバートに愛を誓いたかった。それがこんなことになるとは。どこで間違ったのだろう。

 横からこっそり呼ばれて我に返り、誓約式を進めた。側室たちの身に着けた指輪は鎖か手枷のように見えた。



「陛下がどこの馬の骨とも知らない男のもとに行くのが悔しくて悔しくて。重要書類をことごとく燃やしたくなります」

「馬の骨というよりも。皆、身元はしっかりしているんだが」

「酷いです、陛下。私のこの複雑な乙女心を理解してくださらないなんて」

「ナタリアが馬の骨と言うからだ」

「私にとっては公爵令息だって他国の王子だってその辺の馬の骨以下です」

「ほぼ初対面なのだから話をするだけだ。今日早速抱くわけじゃない」


 誓約式が終わってから側室の元に行こうとするアイラを前にナタリアが愚痴っていた。しかし、抱くわけではないという言葉に分かりやすく顔を輝かせる。


「ですが、万が一ということもあります。陛下が側室のどれかに一目ぼれしたらどうしましょう。今すぐ下剤を持ってきますので、あの側室に酒でも飲ませている間に盛ってください。いえ、もう堂々と下剤を飲めと言いましょう!」

「一目ぼれするなら誓約式でもうしているはずだろう。一目ぼれとはそういうものだ」

「着飾っていたら皆美しいのは当たり前です! 日常のちょっとした瞬間に陛下が恋に落ちてしまったらどうしましょう!」


 騒ぐナタリアに書類を燃やさないよう諭して、アイラは歴代の王が使っていたハーレムに向かった。後ろからは護衛の騎士もついてくる。


 先ほどまでナタリアが騒いでいたから、側室を迎えたことを深く考える必要はなかった。マントを翻しながら夜の風を切って歩く。ハーレムが近づいてくると父の嫌な記憶がよみがえり、アイラは知らないうちに顔を顰めてしまう。


 側室を複数入れたところでアイラの心に巣食う虚しさは埋まることはない。これは私からヒューバートを奪ったものへの復讐だ。そう言い聞かせながらハーレムに足を踏み入れレジェス・プラトンの部屋へと向かった。

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