第7話
プラトン公爵以外で、もう一人の有力な容疑者はルチェラ侯爵だ。しかし、ルチェラ侯爵の一人息子はすでに婚約していた。
「容疑者から外すにしては一人息子が婚約しているという事実だけでは弱いな」
「お相手は他国の令嬢で婚約したのも最近ですからね。向こうからのごり押しだそうですし、怪しいですね。時期的には厳しいですが、陛下が側室を置くと言い出したのが意外で王配競争に勝てないと思って慌てて婚約させた可能性もあります」
「婚約者がいるならプラトン公爵をたしなめた手前、解消させるわけにもいかない」
「陛下。それならこの者が志願してきております。そもそもルチェラ侯爵ほどの派閥であれば一人息子でなくとも派閥の人間をハーレムに入れこめばいいだけの話なので」
ナタリアは恭しく一枚の書類を取り出した。取り出し方は優雅なのに、書類の持ち方はゴミのようにつまんでいる。
「ラモン・スペンサー。スペンサー伯爵家か。そういえばルチェラ侯爵の妹はスペンサー伯爵家に嫁いだな」
「そうです。ですからこの者をハーレムに入れればいいのでは? 侯爵もそういう考えで一人息子は婚約させたのかもしれません。そもそもあの家の一人息子は気弱でしたからハーレム闘争には向きません」
「そうだな。スペンサー伯爵家はルチェラ侯爵家の派閥であり、しかも国内で三本の指に入る金持ちだ。それにしても、ここの嫡男は気難しい引きこもりだったな?」
「はい。本好きで本ばかり読んでいる引きこもりです。本人も嫌がったため、跡継ぎは次男です」
アイラは書類をつまんでぼんやり似顔絵を眺めた。黒髪でメガネの知的な雰囲気の男が紙の中からアイラを見つめてくる。
「見覚えがないな」
「城で開かれるパーティーにさえ来たことがありません」
「筋金入りの引きこもりだな。そんな者が志願して大丈夫なのか」
「ルチェラ侯爵のシスコンは有名です。つまり、スペンサー伯爵夫人が悲しめばルチェラ侯爵も悲しむでしょう」
「ふむ、仲が良いことだ。しかし、引きこもりの嫡男をハーレムに引き取ったところで何になる」
「もしルチェラ侯爵が犯人ではない場合、スペンサー伯爵家もルチェラ侯爵家も陛下に感謝して陛下のためにきりきりと働くでしょう。頭の痛い存在である長男を引き取ってくれるのですから」
「……確かにな。国内で三本の指に入る金持ちを味方につけておくのは魅力的だ。それにルチェラ侯爵の縁者は入れておきたい」
見事なほど陰鬱な黒髪が目にかかりそうなのに、ラモン・スペンサーの目は晴れ渡った空のように青い。その空色が黒髪よりもアイラの心を沈めた。弟のケネスでさえこの空色の目は持たなかったのに。よりによって面識もないこの男がヒューバートのような目を持っているなんて。
ヒューバートは死んだのに。アイラはヒューバートの欠片を拾い集めるように他の男に求めている気分になる。
ケネスは紫紺の髪と優し気で繊細で優美な顔立ち。ラモンはメガネ越しの空色の目。ナイルは外見こそヒューバートに似ていなくとも一緒にいるだけでヒューバートとの思い出が蘇ってくる。彼の初々しい態度のせいだろうか。
夢の中でいつもヒューバートを想って泣く。でも、アイラが女王の座にしがみつくには配偶者が必要だ。側室でも王配でもどちらでも。書類を返しながらアイラは口を開いた。
「ラモン・スペンサーも入れよう。バランスとしてはいい。引きこもりでも志願してきたわけだから、プラトン公爵家と争ってくれるだろう。このラモンが争わずとも実家同士で争う」
「かしこまりました。これで側室は四名になりました」
「あぁ。最初はこのくらいでいいだろう。最大の容疑者の派閥の人間は入れた。騎士もヒューバートの家族も。どうせ側室を入れた時点で好色な女王だとか、婚約者を亡くして色狂いになったとか言われるんだ。あとから増えようと問題ない」
「陛下ほど純情な方はいらっしゃらないのに」
「ヒューバートを殺した犯人に復讐できればいいだけだ。復讐が動機ではとても純情とは言えないだろう」
「陛下の純情さはこのナタリアだけが知っていればいいので大丈夫です」
「では、各家に通達してくれ」
「かしこまりました。では誓約式の準備と陛下の即位式の準備もすすめなければなりません」
「そうだった。忘れていた」
「お忙しかったのですから。側室が機能し始めたらこういったパーティーの準備などは任せていけばいいですね」
「そうだな。王配の仕事ではある。これも餌として使えるな」
果たして迎える側室の中に信頼できる者がいるだろうか。
一瞬頭をよぎった考えを慌てて振り払う。私はヒューバートに心を預けたはず。もう一度、誰かを愛することなど考えられない。そもそも側室たちは争わせるために存在させるのだ。
ただ、仕事を任せるなら信頼に足る者がいいだろう。信頼は部下に対してでも持ちうることだ。ナタリアのことだって信頼している。別に信頼できるから愛するわけでもない。
まずはパーティーの準備などを餌に王配の座をちらつかせれば、勝手に内輪で揉めるだろう。
側室たちについては目途がついた。あとは異母兄弟たちがどうしているか様子を確認して釘を刺さないといけない。脅威なのは一人だけだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます