第6話

 朝の目覚めは完璧だったのに、ナタリアからの報告で一気に不穏な空気になった。


「婚約者がいる令息が数名、側室に志願してきています。それと一緒に婚約解消の書類も提出されています」

「すぐさまどちらも却下しろ」

「はい。ヒューバート様を純粋に想って王配をただちにおかないようにしている陛下に対して簡単に婚約解消して側室におさまろうとするのは、バカです」

「ナタリア、正直に言い過ぎだろう」

「事実です。数自体が少ないのが救いですが……ちなみにプラトン公爵の長男も入っています」

「プラトン公爵の長男の婚約者に悪い評判は聞かないが……そもそもあそこは仲がいい。父親の独断か」

「その可能性が高いのではないかと」

「プラトン公爵家は三人兄弟だったな」

「はい。呼びつけますか?」

「そうしよう。公爵を叱責しておけば他の家ももうこんなバカげたことはしないだろう。見せしめだ」


 アイラはすぐにプラトン公爵を呼びつけた。

 王配の話題が出た会議の時は大人しかったが、油断ならない古だぬきのような相手だ。今も見事な微笑を唇にのせていて何を考えているか分からない。


 ヒューバートを殺したかもしれない、最も疑わしい人物がプラトン公爵だ。


「長男を側室に志願させているようだな」

「陛下のお好みに合うのが長男でして」

「公爵。内緒にしていたが、公爵の次男の方が外見が好みだ」

「はい? まさか。あの愚息を?」


 初めてアイラは公爵の表情を崩すことに成功してほくそ笑んだ。いつも優雅に笑っているこの公爵の顔が一瞬でも崩れるのは楽しい。


「そうだ。公爵の次男レジェス・プラトンは私の好みだ」

「あの愚息はずっと外国を放浪しております。陛下はどこでご覧になられたのでしょうか」

「最近ではない。小さい頃に茶会で見かけた。あの赤毛は忘れられん。先代公爵夫人の色だな」

「はい。まさか陛下が覚えておいでだとは」


 自分の母親のことを持ち出されて、公爵は珍しくそれ以上言葉を続けない。よほど次男のことを頭から消したかったのか。


「側室が皆同じような男ではつまらんと思ってな。それにヒューバートと似たところが一つもない男がいた方が嬉しい。公爵も思っているのだろう? 新しい女王は亡くなった婚約者のことをいつまで引きずるのか、兄だった王太子に引き続きなんと情けないと。王族には情けない者しかいないのかと」

「そのようなことはございません。大切な人の死はいつだって残された者にとって悲しく虚しく、乗り越えられないものです」


 意外にも公爵は見え透いたお世辞は言わなかった。少なくとも後半の言葉は貴族の回りくどい表現ではなく、血の通った言葉に聞こえた。プラトン公爵夫人が病気だというウワサは本当らしい。公爵も今、迫りくる夫人の死と向き合っているのだろう。


 公爵はじっとアイラを見つめてくる。いくら公爵を最初に動揺させられたとはいえ、父親くらいの年齢のこの老獪な男を最後まで騙しきれるだろうか。いや、騙さなければいけない。


「無論、陛下が妊娠された時のことなども含めて王配殿下は必要です」

「分かっている。だが、私は誰かの手あかのついた男は好きではない。長男であれば婚約者であるあのクィンタス侯爵令嬢の顔がちらついてかなわん」

「本当にレジェスでいいのですか? 私が言うのもなんですが、あの愚息は理解不能でして……」

「赤毛のじゃじゃ馬を乗りこなすのもまた一興。レジェス・プラトンを説得して書類を出し直せば必ず側室にしよう。そなたもクィンタス侯爵家と揉めるのは嫌なはずだ。私もこれ以上の無駄な争いを好まない」

「陛下。それならば、うちの三男はいかがでしょう」

「そなたの三男は私より七つも下ではないか」

「左様です」

「さすがに七つ下を側室にする趣味は持っていない。なんだ、そんなに次男を出すのが嫌なのか。会話もままならぬほど愚鈍なのか?」

「いえ。そういうわけではありません。次男はどちらかというなら賢い部類でしょう。あれが陛下のハーレムでどう生きていくのか、いえ普通に図太く生きていくでしょうが。あれはいつも親の私の想像を超えて動くので、側室にも王配にも向かないかと」

「公爵にそこまで言わせるとはより興味が湧いた。予測不能な方が面白い。そもそもハーレムに入る男も王配も性格は図太い方が良い。そう考えると長男はいささか神経質すぎるし、そなたの三男にハーレムは酷ではないか」

「……おっしゃる通りです」

「放浪していたなら見聞も広いだろう。視野が広いのはいいことであるし、話をするのが楽しみだ。それとも一つの所に留まるのが苦手でハーレムから脱走しそうなのか?」

「本人に聞いてみないとなんとも言えません」


 公爵はしばらく頭を回して立ち回りを計算しているようだった。彼としては次男ではなく、長男か三男を側室にしたかったのだろう。次男の姿などあの茶会以来見ていないから、公爵家の次男の存在など皆忘れているはずだ。


 長男を志願者の中に入れておいて、アイラが呼びつけて難色を示せば三男を提案して断りにくくさせるつもりだったのか。だから婚約解消していない長男をどちらに転んでもいいように入れておいたのか。アイラも公爵を見つめながら頭の中は忙しない。


「連れ戻せるか?」

「実は陛下。なぜか奇跡的に我が家の愚息は帰国しております」

「ちょうどいい。では私の好みの赤毛の男を説得してくれ」


 もしかしたら、アイラが次男を提案したことさえも公爵の手のひらの上なのかもしれない。王配を狙っているなら長男の婚約がそのままなのはおかしい。公爵は長男の婚約を解消しようとしているらしいが、長男が反対していると聞いているから公爵の独りよがりなのか。


 ヒューバートと婚約する前に公爵が長男とアイラの婚約をしつこく打診してきていたから容疑者に入っているのだが……しかも、公爵はヒューバートとの婚約にずっと難色を示し続けていた。

 たまたま次男が帰国しているのも怪しい。それほどプラトン公爵夫人の容態が悪いのか。考えても考えても頭が痛くなるだけだった。


 後日、レジェス・プラトンの志願書類が送られてきた。丁寧に何人もの医者の診断書までつけて。放浪していたから念入りに病気の検査を受けたのだろうか。


 目の色も髪の色も経歴もヒューバートと何一つ被ることのない男の書類を見て、アイラは悲しいほどに安堵し同時に虚しかった。


 私は一体何をしているのか。ヒューバートに会いたい。

 でも、ヒューバートを殺した犯人は必ず捕まえたい。今アイラが王位を退けば継承権は異母兄弟にわたってしまう。そんな矛盾した思いを抱えながら、アイラは書類を机に投げた。

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