第9話 そうぞうできない
新しい怪獣は地中から出現した。
五階建ての病棟を下から上へと爆破され、左右二つへ割る。
巨大な病棟は左右対称にわかれていった。
山中に建設されていた古い病棟は、一階から五階まで爆発されていった。小刻みな爆破を連続させてゆくため、遠目から写された映像では、病棟の真下から何が出現し、引き裂いてゆくようにみえた。小さな爆発の連なりは破片をまき散らしながら病棟を登り切る。やがて病棟の一部は左右に割れ、左右に倒れて地面が大きく揺れた。
それが、前回のショウから一週間後の公開されたショウだった。ショウの予定が告知され、その三日後、みえない怪獣は出現した。
そして、リョウガが現場に立ったのは、ショウから五日後の真昼のことだった。
雲はなく、太陽が頭上にある。
以前と同じ、スーツ姿と靴だった。顔とスーツには、現代の山賊に襲撃されたときの傷が残っている。
『さらに到着が遅くなってるじゃん』
現場の写真を数枚ほど映してスマートフォンから送信する、すぐにヒメから動画による通話があった。
『精神の劣化だ、気の緩みだ、怠慢だ』
「仕事が積もってしまった」
カメラへ向け、リョウガは淡々と告げて返す。
現場に人の姿はなかった。周囲には誰もみえない。そこに瓦礫は多く、そこに誰かいる可能性はあったが、今回は見通しの良い場所に立っている。そのため、かりにもしも、誰かが近づいてくればすぐに気づけた。
リョウガはヒメに、前の現場で襲われたことは伝えていない。説明の生産をさけるためだった。
舞台となった廃病棟は。怪獣ショウの私有地化されていたが、現場への立ち入り禁止がされていなかった。現場の解放は怪獣ショウが作為的にやっていることらしく、地面は五日前の爆破で散った粉塵で覆われていた。地面にはいくつかの車輪の跡が残っている。それが怪獣ショウの関係者の車か、もしくは以降、解体を行う業者の車かはわからない。
『ダメめ』
ヒメはそう言い切った。画面には私服姿で映っている。背景に見切れるのはどこかの町なからしく、信号待ちだったのか赤い光がみえた。途中から金色だった髪はだいぶ伸び、色の黒い部分が増えていた。
「うん、はやく仕事をこなせるようにならないと追いつけない」
割れた病棟を見上げながら言う。そのまま数秒ほど、腹を開いたようになった病棟を眺め続けた。ベッドや器具、むき出しになった配管、コンクリートから飛び出た鉄柱が外界に露わとなっている。怪獣に好きにやられた感じがよく出ていた。
「今回もこのカメラで辺りの景色を映すよ、見るだろ」
『え、ああー………うん、おねがい』
ヒメは言われて思い出したように反応した。
『あ、あ、でもちょっとまってよ』
呼びかけてリョウガの動きを抑制させる。リョウガも向け変えようとしていたカメラの先をその手に留めた。
「なにか」
『髪、切ったの?』
「切った。きみに教えてもらった店にいった」
ぼさぼさだった髪は作意を感じない自然な印象を残しつつ、綺麗に整えられていた。現場の塵、埃はついているものの、髪に艶もある。
『おー』ヒメは短く感嘆をあげた。『ねえ、もっとみせて。画面、まっすぐにして』
指示され、リョウガはカメラの角度を調整した。
『ほら、やっぱ、いいし、いいじゃん』かすかにヒメが笑った。『あの店、正解だったでしょ、ね、正解だ』
「会社でもすごく褒められた」
『正解があるっていいでしょ、やっぱさ』
ヒメはあかるく言った。
『それで、どう思ったの?』
「魔法みたいだと思った」言ってすぐ「………いや、これはなにか違う気もする」と、リョウガは発言に疑問を抱いた。
『でもそれって、たぶんあってるじゃないのかな。わたしも、はじめてあの店で髪きってもらったときは衝撃だった』
太い眉毛の下で、大きな目が遠くを見ていた。それから、ヒメの背後に写っていた信号が赤から緑へ変わってゆく。
「きみが信号を渡り切ってからあたりを映すよ」
『おっと』
言われて気づきヒメは横断歩道を渡りはじめる、動きに連動して画面が揺れ、ヒメの太い眉毛と額だけが煽り気味に映し出された。
『渡ったよ』
「歩きながら話すのは危なくないか」
『え、いけるよ』
「しかし、おれは最近スマートフォンを操作している時に山賊に襲われた」
言うつもりはなかったが、つい、言ってしまった。
『………サンゾク?』
ヒメはリョウガがいったい何をいっているのか、一瞬、相手が何を言っているのかまったく理解できない様子だった。
『いるの? 国内に山賊って』
「怪獣が現れた場所に出るようになったみたいだ、この国では、山賊、最近。前回、きみと連絡が切れた後に思いっきり襲われた」
『おそわれた………』ヒメはまたしても、一瞬、理解できずに『………おそわれた?』もう一度聞き返していた。
「背中からやられた」
言いながら、リョウガはつい過敏になったのか、背後を振り返った。誰もいないし、二つに割れた病棟と瓦礫があるだけだった。
怪獣にやつけられた渇いた光景だけが広がっている。
「金を奪われた。小銭に至るまで」
『まじ、だいじょうぶなの?』
「スーツが少し傷つい、少しだけ。顔にも怪我をしたが、髪型を変えて会社にいったから誰にも気づかれずに済んだ」
『………もしかして、だから髪切った?』
横断歩道を渡り切ったヒメは近くの緒度好い高さの縁石へ腰をおろす。ヒメの背後で、道路を行き交う車が見えた。
「襲われて金を奪われて、悔しさで気が狂いそうになったのは事実だ」
まずそう返答した。
「きけば、山賊はおれより五つも歳が下の連中だった。すぐに捕まったらしい、でも謝られてはない。とられた金は返ってくるって話だ。犯人の保護者がとか、なんとが治療費込みで払うって。払われても悔しさは消えない気がする。気持ちがダメだ。だからだ、髪を切ろうと思ったのは、いまの気持ちの流れでいえばこれに関係ある、髪を切ったのは」
そのあたりで、少しひとりで長くしゃべり過ぎていると気がして、リョウガは言葉をとめた。
少し間があいた。
『ああ、そっか』
ヒメは太めの眉毛をわずかにゆがめた。
妙なことをいってしまったらしい、そう考え、リョウガは言葉を追加した。
「でも、やはり、この気持ちの結末でいえば、切ってみてよかったよ。なんだか悔しい気持ちから切り替えれた気がする、誤魔化せた、乗り切れそうだ」
すると、また、間があった。
『それはー………まあ、なら、よかったじゃん』
言って、はにかみを抑え込むような表情のまま視線をカメラから外す。が、ふと、なにか思ったように、視線をカメラへ戻した。
『ねえ、いますごく気になったことあるの』
「なんだい」
『襲われたんだよね、山賊に』
「襲われたよ、山賊に」
『お金盗られたんだよね、山賊に』
「盗られたさ、山賊に」
拍子良くやり取りした後だった。
『もしかして、あなたケンカよわいの?』
拍子の良さ流用して問いかける。
リョウガは数秒ほど、じっくり考えた。そのうえで、結論を告げる。
「やられたし、きっと強いはずがない」
次に真っ直ぐに画面を見返しながら回答した。
『………ってことはだ………わたしが、こー言うのもおかしいんだろうけど、人にパンチしたこととかの経験もないでしょ?』
訊ねられる。その通りだった、そんな経験はなかった。
『そんな、誰もパンチしたことのない人が、ショウと会った時、殴れたり………出来るのかな?』
問われてリョウガは視線を下へ落とす、なにか考えるような間を生産した。
ヒメがじっと待っていると、リョウガは画面へ視線を戻した。
「想像できない」
かなり深刻な告白をするような表情でそう答えた。
言われたヒメの方も、こちらから返すにふさわしい反応を考えている感じをへて、いった。
『身体とか、きたえたら』
ヒメは低温な様子で助言した。
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