第8話 ふいうち

 交番でのやり取りが終わった頃には、陽は落ち、夜になっていた。

「ここ数日、何件か立て続けに観光客を狙ってる奴らんですよ、ええ」

 机越しに話しを聞きつつ、パソコンへ入力しながら、中年の男性の警官はそういった。

「あそこへ見物に来た人間を襲って、むりやり財布を盗って。ああ、でも、安心してください、ちょうどいまさっき、犯人は捕まえたみたいだから」

 座って聞いているリョウガの顏には、わずかだが擦り傷があり、スーツは砂で汚れていた。

 背後から不意打された。その後、現れた複数人によって、身体を抑えつけられ、財布を奪われた。犯人たちそのまま逃走した。襲撃され、ただ茫然とし、相手の顔を確認する余裕もなかった。ほどなくしてから自力で立ち上がり、それからもまだ、ながい間、茫然とした。蹴られた背中には、ほとんど痛みはなかった。倒された際、身体を撃ったが、顔に少しかすり傷と、膝をうった。衣服は汚れたが、身体を動かすには問題なかった。歩いて山を下り、近隣の交番までやって来た、そして現在にいたる。

 交番の古く綻んだディスクチェアをあてがわれ、警察官と対面に座している。

「あいつら、あそこの山のなかで待ち伏せしてたんです。じーっと見張ってて、で、ひとりとかで、あそこに見物に来るような人が来るを待ってたんです、考え方が、もう山賊ですね、この時代に。ほら、あの場所に来るのは、ほとんど外から来た旅行者でして、遠出の人だから、けっこうお金を持ってたりするの知ってるんですよ。」

 嘆かわしさと世間話を合わせたような音調で話す。

 リョウガは黙って警察官の顔を見ていたが、警察官の視線はずっとパソコンの画面にあった。被害者についての情報を入力している。

「でも、スマホとかとられなかったみたいですから、まあ、アレですよ、うん、うんうん、現金だけですから、ああ、でも財布のなかのお金とか返ってくるかどうかはー、ちょーっと、わたしたちからはハッキリいえません。どうなるかー、どうなったかは、後日また連絡になります」

「その人たち、金が目的で襲って来たんですか」

 そう訊ねると警察官は一度見返し、そしてため息を吐いた。つぎに愚痴をこぼすような草臥れた口調で「やあね、あれらはね、地元でも有名なヤツらなんですよ、しょっちゅうこういうことやるヤツらでして」といった後で「あー、あ、と、ごめんねー、いまのはダメね、ここだけの話しにしといてください」と、顔を向け注意を促す。

 たとえ些細なことでも加害者側の情報を教えることはマズいことらしい。察してリョウガも追及しなかった。

 だが、少なくとも、リョウガを狙って襲ったわけではなさそうだった。倒れているうちに財布から現金を抜き取った人間は、怪獣ショウの関係者ではない印象を受ける。それに、犯人が捕まったという話しからも、地元の警察は最初からある程度その種の犯行をする人間の目星がついていたという感じもあった。

 いずれにしてもリョウガの膝の小さな痛みは本物だった、財布から現金が消えたのも現実だった。

 それでもどこは落ち着いてられるのは、おそらくスマートフォンが奪われなかったことが大きい。ふしぎと心の柱がまだ残されている感覚があった。

「だいじょうぶですか」

 沈黙を見て気遣ったのか警察官がそう訊ねてきた。

 リョウガは真っ直ぐに見返した。

「ええ、まだ」

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