第27話 さいご

 爆破する建造物を仮想空間に再現し、仕掛ける爆弾規模を調整する。仮想空間上に再現するためにはまず、対象となる現場を特殊なカメラで撮影して回る必要がある。旧式のタイプのカメラでは、現場を死角なく、くまなく撮影してゆく必要があった。だが、機能が更新されるたびに、撮影者の手間は減っていった。おおよその撮影と、衛星の位置からの情報との連携で、手間なくかなり高い精度で仮想空間上に建造物の再現が可能だった。以前は、規模によっては数十人が数日かけて行う撮影も、いまではほぼ素人が二、三人で、半日で終えることが可能になり、費用も各段に抑えることが出来る。

 爆破解体のために作成されたソフトウェアではなかった。元は映画の爆破シーンを撮影する際のシミュレーション用のソフトだった。それを実際の爆破解体に必要な建築物の強度その他など、各パラメータとして設定可能し、カスタマイズされたソフトだった。正規品としては流通された代物ではない。

 最後の怪獣ショウもこれまでと同じ手法が使用された。何度も仮想空間上で爆破のシミュレーションを行なった。最小の費用で、最も『みえない怪獣』らしい表現が可能とする数値を導き出す。仮想空間上には、カメラも設置できるため、効果的なアングルも事前に調べることが出来た。

 専属のひとりのスタッフが、仮想空間上の建物に爆弾を配置し、爆破させて、みえない怪獣に見えるように、何度も繰り返す。たいてい、まる一日もあれば設定作業は完了となった。

 そして、あとは現場に爆薬を仕掛け、ショウを実行するのみだった。サイト上で予告をする。現場で爆弾を仕掛ける作業は、たいてい予告日の当日の朝から始めた。爆破解体には守らなければならない法的な基準は多かった。それらを守ることは、おのずと高額の費用につながった。ゆえに、作業自体を短く、なるべく一日で終わらせて、費用を可能な限り抑える必要があった。朝に怪獣を出現させたい場合は、前日の夕方から始めた。いっけん、無尽蔵の予算で行われているように見える怪獣ショウだが、決してそうではない。綿密な数値のもとで運営されている。しかも、たとえ一度でもしくじれば、後が完全に潰える。毎回がそうだった。怪獣を出現させることは、その数だけ、二度と復活することもない致命傷を負う可能性を有していた。

 だが、平然とやっているように見せることは必衰だった。わずかでも必死さが作品に現れてしまえば、それは作品の雑味になって、純度が褪せる。大事な観客を、夢から覚ましかねない。

 そして、国内最後の怪獣ショウを行うその日の朝も、ショウはすべて背負っていることなど微塵もないように、現場に姿を現していた。

 今日の夕方、緑に守れた廃墟のショッピングモールを爆発する。いま、朝の時点では、空は雲で陰り、雨が降りそうな気配がある。

 現場に集まっていた観客もマスコミ関係者は、これまでで最多の人数だった。立ち入り金のロープを張り、警備を立てて、近づけないようにしていた。爆破の際に飛び散った破片で怪我人をひとりでも出せば、それでも終わりだった。だが、遠ざけ過ぎれば不平を持ち出さる。部外者は、気に入るような席を用意する必要があった。絶妙な距離とアングルに位置する席を。敵も味方も、そうでない者に対して、ショウによって無差別に影響を与えてゆく、そんな客を限定しない方法をとっていた。ゆえに入口は広く、広く、広過ぎるほどにした。大衆性を帯び、だが、同時に大衆性を削りもした。唯一無二のなにかにする、そんな魔法みたいなことをやらなければならなかった。

 目の前にある緑、に侵食されかけたショッピングモールを見ながら、いつもと同じように、同じことを考えていた。

「ショウ」

 若い男性スタッフに呼ばれ静かに顔を向ける。

「ぜんぶ順調だよ、予定通り夕方にできる」

 男性スタッフは敬語を使わなかった。だが、決してショウと自分は同列にはいないという意識はあり、敬意を持っていた。

「ありがとう」

 ショウが礼を述べると、男性スタッフは照れるように笑み、わずかに頭をさげて他のスタッフたちのもとへ向かう。

 準備は滞りなく進んでいた。そして予定通り、夕方にはすべての準備が整った。怪獣を出現させるにあたり、午後からは警備員の数も増やされていた。集まったギャラリーとマスコミ各社に対しても、対応は万全だった。これから怪獣を呼び出すショッピングモールは、これまでで最大規模の面積と、容積を誇る。建物そのものの強度も高いものだった。ここを最後に選んだのは、爆破解体の許可を得るための根回しに時間がかかることも関係していた。かかった予算も、これまでに比べてかなり大きい。

 準備を終えるなかで思い出す。

 絵はあった。

 絵はあったが、女はここだけはみえない怪獣を破壊させていなかった。

 残された絵には、ありのままが描かれていた。それでもショウは、ここが最後と決めていた。必ずやる。女が絵に残した場所を、可能な限り爆破させていった。女は多作だった。スケッチブックに残されたものを含め、どれも実在の廃墟だった。数か月やそこらで描けるはずもない量だった。女はおそらくは何年もかけて描いて回っていた。みえない怪獣が廃墟を破壊する絵は数多くあったが、ほとんどは爆破によるショウの実現不可能なものだった。ショウは数少ない実現可能な場所で行った。予算と法的な部分を含め、破壊をあきらめた場所の方が多い。ただ、ここだけだった、唯一、ショウは怪獣の出現に固執した。

 最後になったのは、事前に実績があることが許諾を得るために、良しとして働くのではないか。という計算もあった。いまとなっては、どこまで有効に効いたからは、不明だったが、ただ、きっとゼロではないはずだった。名前を売った意味はあったに違いない。

 どうしてもここは破壊したい。女の絵を見て思った。あまり使ったことにない、執念を少し使った。他はいい、ここを破壊したい。

 やがて緑に覆われてしまう設計。上手くゆくかどうか、結末が出る前に、終わってしまった作品。

 むかし、ここには古い家があった。

 ショウの生家だった。緑と共にある、そんな家だった。ささやかな湖もあった。あれは完成された世界だった。人間の暮らす世界だった。だが、もう無い。モールの建設とともに消されてなくなった。

 これはいずれ誰かが気づいてどこかに書く。まだ誰も気づいていなさそうだった。それでも誰かが必ず気づく。明日か、数十年後か、それよりも遥かに時代が下った頃か。おそらく書いたそいつは、勝手に想像して書いてゆく。物語にされるかもしれない。

 かつて、ショウの生まれ育った世界は、どこかの誰か生み出した作品によって、破壊された。キャンパスにされた。

 そして、いま、その作品を今度はショウがキャンパスにしようしている。ここに辿りつくまでは、生命削るような曲芸めいた日々だった。もう一度やってみせることは、かくじつに不可能だった。

「ショウ」

 夕陽を半面に灯したショウへ若い男性のスタッフが呼びかけた。

「やったよ。ぜんぶ準備が終わった」

 報告に反応し、ショウは静かに顔を向けた。それから、夕陽を一瞥した。

「天気も、崩れなかったね」

 スタッフに対するように、だが、独り言のようにも聞こえるものを口から発した。

「はい」スタッフは嬉しそうに返事をし、うなずいてみせる。忠誠心の高い、兵士めいていた。スタッフはさらに「もうなかに人もいません、確認も終わってます」と告げた。

 ショウはショッピングモールへ視線を向けた。

「そうか」

 と、ショウはいった。

「誰もいないんだね」

「はい、みんな引き上げました、いつも通り最後の確認もきっちり。あそこにはもう誰もいません。風も、いまならだいじょうぶです、やんでます」

「そうか」

 視線を向けたまま短い返事で応じる。

 ほど経てだった。

「出そうか、オレの怪獣を」

 淡々とした口調でそう告げた。

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