第26話 りす

 そのショッピングモールの外装は遠目にはまだ新品のようにもみえる。近づけは、たちまち壁や各所に劣化がわかり、長い間、手入れがなされていないことがようやくわかる。遠目から古いものとわからないのは、デザインの効果ともいえた。現在でも最新のモールとして充分に通用しそうだった。時代に取り残されていると感じさせない。それは同時に、近年のその種の施設のデザインに発展がないことの証でもあるのではないかと考察する声もあった。

 低い山が周囲を囲っている。人家は点在する。敷地の内外には可能な限り、木々が植えられ、森と共存らしきものを演出したい制作者の作意がみえた。しかし、敷地内外で木々を多用したことで、植物がモールのあちこちを侵食しているかのような光景も部分によってはみられる。自然災害の影響か、木が倒れたままになっている箇所もある。そして木は長い間、倒れていたせいか、とけて、土になり、星の一部へ戻ろうとするも、敷石に阻まれ、帰れずにいる様子だった。それらの光景も敷地内の各所でしばしばみられる。

 第四まで用意された各所駐車場から続く道は、どれもモールの正面口へと続いていた。デザインなのか、自然よるものか、カーキー色の蔦の絡まったアーチをくぐると、一見、漠然としたヨーロッパを思わせる建造物を左右に展開さていた。がらんどうになったテナントがみえる。どの店も当然、息をしていない。敷石の合間からは、無数の緑が生え、あとは薄い砂で覆われていた。防御力の乏しいかつての店舗のいくつかは、鍵を破壊され、侵入を試みられた形跡がみられる。通りは長く、時に緩やかな曲線を帯び、左右にわかれ、やがて四方にわかれる。その頃には方向感覚も失われる。だが、無意識のまま進めば、ほとんどの者がやがて、開けた一か所に場所に出る仕掛けになっている。そちらに進むように、意識を制御される仕組みになっていた。たどり着く、開けた場所にはイベント用の舞台があり、ホタテ貝めいたカタチの天井に覆われていた。その場所に立つと漂白のかかった灰色のひょうたん型の三階建ての巨大な建造物も見えた。敷地内には、それと兄妹のように、同種のカタチの建造物が他に二つあった。正面ゲートから最初に辿りつけるそこが最も巨大だった。ショッピングモールの母体といえる。どこか母艦めいていて、他二つは護衛艦に位置する印象もある。

 一階の半分は食料品を扱っていた。他の面積を飲食店などが分け合っていた。看板にそう書いてある。いまは内部へ続く扉は閉ざされている。曲線のある箱めいた外観には窓が乏しく、頭上には長い空中連絡通路があり、兄妹めいた建物へと繋がっていた。非常階段の一回部分には板が貼られ、上れないようにされていたらしいが、無数の侵入者に突破されたあとがある。

 そこに生きているものは大勢いた。鳥だった。巣があるのか、野外部分のどこにいても必ずいる。かつて、施設内で共存を心みえるために植われた大小の木々のなかには、モール内部の侵食に成功しているもの、できなかったもの、両方が見られた。きのこの群生を踏むこともあった。あちこちに空のペットボトルもある。中に残された液体は、どれも茶褐色の粉になっていた。

 進むたびに定期的に立ち入り禁止の警告看板が掲げられている。法的な罰則を受けることについても書かれていた。看板に真新しいものはない。侵入者と戦うことは、もうずいぶんまえにあきらめたらしい。モールの母体が巨大過ぎて、さすがに完璧な監視をすることには莫大な費用が必要と思えた。

 ゆるやかな階段に包まれた、つくられた噴水には水がなかった。これまで何度も、何度も、雨水が溜まり、ときにそこに生命が生息し、しかし、熱で水がついえ、渇き、絶滅したような、今日までそれら一連の流れが何度となく繰り返された様子がある。いまはかすかに苔が生え、粉が入っているだけだった。底には干からびた、ちいさな何かもあった。空のペットボトルもある。

 特殊な印刷で書かれたのか、汚れたまま、微塵も色押していない施設の説明を記した説明書きの看板には、いずれ、このショッピングモールは森と同化することを考えられ、建てられたのだと記されていた。ここは何十年という時間をかけ、木々の成長を受け入れるという。

 むかし、彼女に連れてここにやってきたとき、教えてもらった。

 この場所を設計した者の意図は、やがて、ここは森と同化する。でも、緑たちと共存ではないと彼女はいった。

 ここは制御不能な緑と混ざり合い、やがて得体の知れない場所にさせつもりだと。つまり、自然と共にという願いよりは、制作者はじぶんが見てみたい景色への完成をめざしただけ、その野望のもとにある。そう言っていた。勿論、それは、あくまでの彼女が好きに感じて、想像した話しだった。だが、いざ、時を経て、あらためて、この場所に立ってみると、呪いががかように、もはやそうとしか思えなくなってくる。

 きっと、それを果たすためにはひどく長い時間が必要だった。その時間を手に入れるために、商業施設してとして稼働して、その費用を賄おうとしたに違いない。

『たぶん、そういうねらいだよ』

 彼女は勝手にそう決めつける。

 目の前の場所に立って、かつてそう言い放っていた。

 いま、ふたたびその場にスーツ姿で立っている。そうか。ふと、気がつく。だからスーツだったのか。

 喪服のつもりだったのかと、独りで考えた。だが、考えただけだった。その先に、新しい何かがあるとは感じなかった。 

 その後で、また新しく気づいた。茂った噴水の縁にリスがいた。

 尻尾が丸くない。二ホンシマリスだった。リスはその場からじっとリョウガを見ていた。

『だからここは、わたしの怪獣でコワすのはやめとく』

 彼女がいった。

『リスもいるしね』

 リスを見ながら彼女がいった。

 あれは、あの時のリスの末裔なのか、そんなことを思った。

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