第25話 せんせん

 スケッチブックを買いに行く、見覚えある、彼女がよく消費していた同じ商品を選ぶ。実際、店で手に取ると、不思議な気分になった。

 それから、あの男へ連絡を取った。しばらく前に脅かした男だった。怪獣の出現後の現場へやってきて写真を撮っていた男。撮った写真を作品としてネット上で発表している男を呼び出した男だった。最近もネット上に写真をアップしていた。男の素性を突き止めた方法はかんたんだった。あの日、逃げた男は、その場に多くの私物を放棄して逃げ出していた。それらから、男の名前や住所を調べた。

 呼び出された男は、素直に従った。少し怯えながら、きわめて従順に。リョウガは金を払うといった。だが、それがどこまで有効に作用したのかは不明だった。いずれにしても、男は従った。

 数日後、ふたりで前回、怪獣が破壊した廃墟化されていた映画スタジオまで向かった。リョウガはスーツだった。男には撮影用の機材を持参するように伝えておいた。きけば、相変わらず、怪獣の破壊あとの写真は撮り続けているが、現場の人物を含めた写真を撮ることは避けていると話した。また、問題が起こることを恐れていた。リョウガとの件が、そうとう精神に響いているらしい。

 怪獣に破壊された映画スタジオは、まだ怪獣に破壊されたままの姿で残されていた。本格的な後片付けが、これからなされるのかどうかは調べていない。関係者以外は立ち入り禁止になっていたが、リョウガたちは線を越えて、現場へ入った。

 その場に立ち、大きく瓦礫を見回した。空はよく晴れていた、青より、水色に近い色をしている、浮かんでいる雲はわずかだった。ちいさな風が吹くと、粉塵が舞った、少しだけ舌がコンクリートの味を検知した。

 ふたりの他には誰もいなかった。男を呼んだ。持って行ったスケッチブックを開き、歯でマジックの蓋を咥えてあけると、スケッチブックに何かを書いた。書き終わると、メッセージを正面に向けて、男に写真を撮るように伝えた。男は従順に写真を撮った。



 おまえの怪獣の腹のなかに入って、みえない怪獣を倒す。



 スケッチブックにはそう書かれていた。

 廃墟を背景に顔から下を男に写真を男に撮らせた。

 翌日、男がいつも作品を発表すると同じネット上の各所にアップロードした。あくまでも男の作品としてではなく、別人としてネット上に放らせた。怪獣ショウのファンなら、目につくネット上の場所だった。

 写真をネット上に放って数日が経っても、写真が話題になることはなかった。ショウへの挑発行為の書き込み、及び、自作の作品による対抗を含め、その種の表明はネット上に多数溢れており、リョウガの放った一枚の写真は、多数のそのなかにとけてしまい、あって無いものとなっていた。特別な注目を受けるには、あまりに凡庸過ぎた。他のものの方が、遥かに攻撃性が強く、犯罪を想わせる領域すらあった。

 リョウガのスマートフォンへ、正体不明の相手から電話がかかってきた。

 国内最後に行われる怪獣ショウの三日前、真夜中のことだった。

『オレだよ』

 出ると、相手は、まるで親しい友人のように呼び掛けた。

「ああ、わかるよ」

 リョウガはずっと待ち構えていた

『そうか、わかるか』

「わかるよ」いって続けた。「血が反応する」

 相手が向こうで笑んでいるのもわかった。

『この番号をつきとめるのは簡単だった。きみの素性は何にも隠れてなかったしね。ああ、そうだ、そういえば見たよ、きみ、あれやるのか』

 ひさしぶりの友人へ向ける口調とほとんどかわらないものだった。

 だが、リョウガは問いかけに答えず、

「おれだけには特別に教えてくれよ」

 逆に問いかけにゆく。

「怪獣を呼ぶかねは金、どこから出てきてるんだ」

『ああ、じつは公共事業なんだ』

 本気か、戯れているのか、正体不明の音調でそう答えた。

『やるんだね』

 確信があるかのように相手がそう言い放つ。

 リョウガは通話の遮断ボタンを躊躇なく押して会話を断った。

 それから、ふたたび相手から、通話がかかって来ることはなかった。

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