第13話 がれき
闇夜をひたすら歩き続けた。リョウガはふたたび爆破されたホテルの廃墟へ向かう。疲弊していた。だが、足は止めず動かし続ける。
立ち入り禁止と掲げられた入り口までやってくると、今度は立ち止まらず、越えて先へ進んだ。微塵の躊躇もない。暗闇のなかを進む。明りはスマートフォンのちいさなライトのみだった。到底、その明りでは遠くまで見えない、一寸先は完全な闇だった。ほとんど洞窟を進むようなものだった。
森のなかを歩む。怪獣に爆破されたホテルが見えた頃には、空には朝陽がのぼりかけていた。生い茂った雑草が夜露に濡れ、歩く度に、滴を蹴散らすことになった。跳ねた一滴が、頬についた。冷たいとは、感じなかった。なにがあろうと、進み続けた。
破壊されたホテルの上層部には怪獣の爪にえぐられたような痕が残されていた。断面になって、露わになった客室のひとつひとつが、なのか内臓のように見える。廃墟の内蔵だった。崩れ、壊れ、もはや、元通りなる姿は想像できない。治らない傷口にも見える。
リョウガは長い間、破壊されたホテルを見上げていた。それから、ホテルに併設されていたドーム型の多目的ホールへ近づいた。三千人は優に収容できそうな大きさで、壁に貼り付けられたままの色あせたポスターから、かつて何かしらの大規模な集会が開催されていたことがわかる。ホールの方は、上から叩き割られたように、天井の三分の二が崩壊していた。その破壊痕は、まるで卵が割れて、中から何かが孵化した後にもみえた。
ホールの入り口は崩れた無数の瓦礫で覆われていた。だが、その瓦礫が天然の階段となっていた。リョウガはそこを登り始める。最初は二本足だけで、途中から四肢を使い、張り付くようにして登った。瓦礫の坂はささいな衝撃ですぐに崩れた。
しだいに彼方から朝陽が瞬きはじた。登れるところまで登った頃、朝陽がホールの内部を照らし出した。
客席の大半が瓦礫で覆われ、ステージだったと思しき場所には巨大な人型の白い像が設置されていた。半身以上は既に砕けて、元のかたちは完全に失われている。なんとか残された左手をどこか彼方へ伸ばしている。
怪獣により破壊されたのか否かは不明だった。ただ、怪獣にやつけられてしまった光景にみえる。
瓦礫の坂の上に立ち、ホールのなかに残された偶像を見下ろし続けた。冷たい風が吹き、髪を揺らした。唇が渇いていた。その隙間から、かすかに乱れた呼吸を、吹いて来た風に混ぜる。
静かだった。
ここには人の声も機械の音もないもない。何かの終わりのなかにいた。あまりに静か過ぎる。それで違和を感じた身体が自動的に、とにかくなんでもいいから音を欲し、聴覚を澄ませはじめる。すると、瓦礫の崩れるわずかな音が聞こえた。
ふと、手近にあった林檎のほどの大きさの瓦礫を右手にとった。そして、偶像を見据えた。
とたん、スマートフォンが振動した。我に返り、リョウガは左手でスマートフォンを取出し、画面を確認した。
相手はヒメからだった。メッセージが届いていた。
『やっぱおぼえてなくていい』
メッセージはそれだけだった。
リョウガはしばらく、画面を見ていた。
やがて、縁日の中で話したとき、ヒメが通話の最後におぼえていろよ、という発言をしていたことを思い出す。朝になって、修正を入れて来たらしい。
想像し、少し笑ってしまった。
そして、リョウガは持っていた瓦礫を足元へ置き捨て、朝の空へ向かい、大きく仰ぎ息を吐いた。
肺にたまっていたなにかも同時に吐き出す。
瓦礫の上から、陽の光をあびる。
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