第12話 あたまのなかで
通話を断たれると、リョウガはしばらくアプリのデフォルト画面を眺めた。やがて上着のポケットにしまう、ついでもう片方の手もポケットへおさめる。
それから漠然として、並ぶ露店を見る、縁日の行き交う人々の姿があった。視線を変えると、お面屋があった。近年のヒーロー、ヒロインたちの顏のなかには古い作品だが、いまだ人々には忘れられていないヒーローたちの顔が混じって並んでいる。
通り過ぎる人々は、その場に留まっているリョウガのことなど気にもしない。祭りは動き続けていた。にぎわいはささやかなものだった。子どもは少ない。屋台ではなく、スマートフォンを眺めながら歩いている者もいる。かつては、もっと活気があったのかもしれない、と想像できた。露店の店主は皆、一様に高齢の傾向にあり、黙々と出店を切り盛りしている。
思い耽ってしまった。そのとき、行き交う人々のなかに見えた。
知っている顔だった。けれど、はじめて見る顔だった。
ショウだった。
怪獣ショウをつくり、仕掛けるショウの姿があった。ひとりだった。
一瞬、視界に入り、目の前を通り過ぎていった。
リョウガの頭のなかがすべて白む。脳が視覚情報をうまく処理できていなかった。いまのはなんだ。なぜか自身へ問いかけている。なんだ、いまのはなんだ。
すぐに視線で追う。人々のなかにショウの後ろ姿が紛れ込んでゆく。離れてゆく、混じってしまう。
リョウガの身体は動かなかった。その場に立ったままだった。
いま、狙うべき男がそこにいる。だが、視覚だけでしか追っていない。
追い掛け、攻撃を。自動的に身体が実行していない。ただそこにいて、茫然としている現実があった。
一方で、頭のどこかでは、いまのは見間違いだった、人違いだ、きっとそうだ、 と、そう思うように仕掛けてくるものがある。そうさ、見間違いだったんだ、まさか、こんなところにあの男がいるはずがない。そんな出来過ぎた話しがあるわけがないんだ、見間違え、見間違え、見間違え。
そうであるに違いない。
間違えているのは、自分の目だ。
だから、追いかけて、相手の顔を確認するまでもない、いまのは見間違いだったん だから。間違えているのは、自分なんだから。やらなくていい。無駄なんだ。
動かなかった理由は、素早く生産された。これは動けなかったんじゃない、動かなかったんだ。そちらへそちらへと、自身を持ってゆこうとしている。自身が自身を説得している。すべて自動的だった。勇気はいらなかった。自分が自分を、なにもしなくていい空間へ運んでくれる。
ただ、内部でそれらが勝手に機能して働く最中、全身に汗をかいていた。呼吸が乱れた。咳が出た。そして、次第に堪えがたい惨めさが沸きあがってくる。
せめて走って追い、顔の確認をするべきだ。何度も考える、が、それでも足が動かない。
見間違えだった。ずっと動かなくていい理由を生産し続けている。もし、本物だったらどうしようか。いや、見間違いだった。意志決定は、その幅を何度となく行き交い、幅を越えない。
時間にして三十秒と満たないものだった。ショウと疑わしきその人型は、やがて視界から消えてゆく。遠のき、人々の中に紛れ、わからなくなる。いや、まだ、追える、まだ追えると、考えているうちに、離れ行く。
完全に見えなくなっても、リョウガはその場に立ち続けていた。
だから、いまのは見間違いだったんだ、ぜったいにそうだ。しつこくずっと、自分の正当化を果たそうとしている。汗はとまらなかった。吐き気もあった。吐けば、口から内臓すべてを道端へこぼしてしまいそうな気がした。
そして惨めさは強くなるばかりだった。わかっている、動かなかったのではない、動けなかったんだ、それはわかってはいる。それでも、自尊心がそれを認めることを許さない。
だとすると、なんのための自尊心だろうか。何を守るための、自尊心か。
とたん、爆ぜたようにリョウガは走り出した。人々の合間を抜け、ショウの消えた闇の方へ向かった。
殺そう。
殺そう。
二度、頭の中で唱えた。
鳥居までやってきたが、ショウの姿はなかった。ただ、鳥居の下で息を乱している自分がいるだけだった。
叫びかけた。けど、叫ばなかった。ここには、大勢の人がいる。
けっきょく、自分は一線を越えられない。
それを知らせた。
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