第5話 もり

 駅まで戻ると、ヒメはリョウガを襲撃に使った木の枝を林のなかへ置き、言った。

「森にかりた力を、森へ還そう」

 決め台詞のようにいった。そして、リョウガが静観して見ていると、ヒメは真顔で見返す。そのまま、無言で見合う時間が流れていったが、そのまま、なにかコメントを出し合うこともなかった。

 やがて、ふたりて、駅舎へ入る。無人駅だった。

 ヒメが先へ駅の改札を抜け、スリッパでホームへ足を踏み入れる。他に電車を待っている客の姿はなかった。そして、ヒメは「他に生きているものはいないのか」と言い放つ。

 リョウガが斜め後ろへ立ち黙っていた。

ヒメは紙袋をあしもとへ置くと、両手を組む。リョウガは手を伸ばしてもぎりぎり届かない間合いをあけて、自然体で立っていた

「でさ」

 と、声をかける。

「なんでショウを殺すの」

 向かいのホームへ視線を定めたままリョウガへ問いかける。ヒメの腕組みは、自身のハートを防御しているようにもみえる。

「いや、殺すのはやめたよ」

 リョウガは淡々とした口調で言って返す。

 ヒメは瞬時には何の反応もしない。リョウガはそこへ言葉を続けた。

「あいつを殺すと、きみに殺される。だから一回だけ殴ることにした」

 その発言を前に資、ヒメはじっくりと間をあけた後、また眉間にシワを寄せた。「なに、設定変更か」と、いい、それからじつに癪に障る口調で「はい、わたしにはよく、わかりません」と、敬語で言い返した。

 それでもリョウガは微塵も気分を害した様子はみせない。

 いっぽうで、ヒメは「ヘンなの」と、追加で一言そえる。

 そこには小さな怒気が込められた。

 リョウガは様子を変えず言う。「殺すのは本当にやめた」ヒメの背中から視線を外す。「でも、必ず殴ろうと思」

 とらん、ヒメはリョウガの方を振り返る。

 リョウガの表情は、相変わらず、落ち着きがあるのか、何も考えていないのか、不明なものだった。体温のある能面めいている。

 対して、ヒメはその表情を、砕かんばかりの攻撃的な視線をぶつけていった。しかし、通じていない。

 やがて、焦れたように「ヘンな顔だ!」と、ただ罵倒した。

「顔のことはいうな」

 リョウガは淡々と注意した。

「じゃあ、もう一度聞く」

 注意は無視し、ヒメはかまわずつづけた。

「なんでショウを殺すの」

「殺そうとした理由はさっきヒミツになったばかりだ」

 奇妙な言い回しに、一瞬、ヒメは何を言ったのか理解をし損ねた。ただ、すぐに頭のなかで情報を整理して、その上で露骨にいぶかしげな表情を浮かべた。

「なによそれ」

「あいつを殺そうとした理由を教えたら、それもケーサツに伝わってしまう可能性がある、と、さっきキミに教えてもらった」

「ああー、ああー、信用してしてないワケか、わたしを、ヒメこと、わたくしを」

「復讐のことは人に話すべきではない、それを教えてくれた君は信用している」

「わたしがシンヨーできるんだったら、ヒミツせずに、ショウをアレする理由を言ってよ、話してよ」

「きみを信用しているから、きみの言葉を信じて、いまきみに話さないようにしている、きみの教えを実行してるんだ」

「そんな早口言葉のできそこないみたいに言ってさ。いいじゃん、わたしのこと信じてるなら、だったら殺す理由をヒミツにしないで言えよ」

「それだと、きみの言葉を信じると決めた時点のきみを、もう信じないということになる。それはきみに失礼なんじゃないかと」

「んん、またしても早口言葉風に、そして、だんだん、よくわかんなくなってきた………ああ、めんどうくさい。せんぶ捨ちゃおうかな、この会話………」

「それに警察の人たちは、君のことを特別、気にしてる感じだった。なにかあるとするなら、こちらとしても接し方は気をつけないと」

「あ、やば、マジか、そうか………ええー………」

 眉間にシワを寄せ、考え込む。ふとめの眉毛も合わせて歪んだ。

「ほんかくてきにヤバいかな……………でも、なんでそんなこと知っているの?」

「なにも知らない。でも、きみが持っているそのスマホがおれの手に返ってきたら、おれは電話して警察に伝えようと思っている、君のこと」

「うわ、なに! ずっと裏切る気だったんだ!? うわ、サイアク、心がきたない! きたナイきたナイ! あっ、あっ、だったら、だったら! わたしもケーサツに売ってやるし! もしわたしをケーサツに売ったら、わたしもあんたをケーサツに売るし! ショウを殺そうとしる男がここにいますよー、って! あることないこといっぱい情報を追加して売る! 売り飛ばすっ!」

 とてつもなく素晴らしい反撃を思いついたとばかりの勢いで言い放つ。

そんなヒメは少したのしそうだった。生き生きしている感じも出ている。

リョウガは「こまったな、だんだん、水が濁って来た感じがある」といった。

 それから所在ない様子で頭をかく。指先で脳に近い部分を刺激してみるものの、画期的な考えは出てこない。

「いや、もともと綺麗な水じゃなかった可能性もあるか」

 そして、ささいな現実逃避をして、一度、自身を解放空間へ逃す。考察を述べ、自己を落ち着かせにかかった。

 そして、いぜんと、ホーム上には二人しか立っていない。向かいのホームにも誰もいないため、まるで客が入っていない二人芝居の舞台のような光景になっていた。

 そのとき、ヒメは黙り込み、神妙な面持ちで腕を組んだ。線路の一点を見つめだす。

 長考に入ったのか、そのまま動きをとめた。

 リョウガはその場から近づかず、静観していた。

 やがて風が吹き、近隣の木々を揺らし、その音がきこえた。

「復讐の理由は、きかない」

 ふと、静かに封を切るようにヒメはそう宣言した。

「で、復讐のこともケーサツには黙っとく。だから、そっちもわたしのことケーサツに言わないで」

 顔をあげ見返して言う。

「そうすればお互い、いろいろ都合がいい」

 同意を得るというより、もはや決定として告げて腕組みを解く。

その両手は腰へ添えている。どこか決めポーズめいていた。

 リョウガがふさわしい反応に困って、瞬き動きを止めていた。

 そして、なんとなくヒメの太い眉毛へ視線を向けていると、線路の彼方から電車がやってきた。

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