八月
歓迎会が終わってから一週間後。夏真っ盛りの暑い日のことだ。
「アンタ、どうしたのその髪!」
私が帰宅するなり、そうお母さんが声を上げた。きっと、ずっとセミロングのままだった髪をベリーショートまでざっくり切ったから。女の子なんだから、と言われるままに伸ばしていたけれど、本当は鬱陶しくて嫌だったし、ショートに憧れてもいた。千尋さんの通ってる美容室を紹介してもらって、今日そこで切ってきたのだ。
「切ってきたの」
できるだけ、なんでもないように、かつ冷静に返す。お母さんが分かりやすく顔をゆがめる。
「なんだってそんな、男みたいな……」
言われたその言葉に、反論したくなるのをぐっとこらえた。
「……女の人でも、これぐらいの短さの人はいるよ」
それだけ言って、自室に引き上げる。千尋さんにも、美容師さんにも「似合う」って言ってもらった。なにより、私自身、これがいいって思った。
……だから、それでいいんだ。お母さんに、否定されたとしても。
「お姉ちゃん、大学で友達とかできたの?」
そう聞かれたのは、八月も末のある日のこと。千尋さんと遊びに行って、帰ってきた日のことだった。
「まあ、できたけど」
洗面所でスキンケアをしながら淡々と返す。日焼け止めを塗ったはずなのに、日差しはそれを貫通したらしい。頬に化粧水が沁みた。
「いいじゃん、紹介してよ」
「……やだよ」
否定には、やっぱり少し時間がかかった。それでも、いやと言えた自分に安心する。対して、妹はひどく驚いたようだった。鏡の中に、妹の唖然とした顔が写る。
「なんで?」
続く問いは、あまりにも無邪気だった。この子は本当に、それが当たり前だと思ってるんだろうな、なんて思って、自分でその考えに驚く。そっか、妹ってそうだったのかな。
「だって、私の友達だし。それに、大学生の知り合いとか作ったって、意味ないでしょ? 別に私の大学が志望校ってわけでもないじゃん」
結局、本音だけを伝える勇気はなかったから理由を後付けする。そうすれば、妹はそれ以上食い下がってこなかった。
自室に戻ってスマホを確認すると、そこには千尋さんからのメッセージが届いていた。「今日は付き合ってくれてありがとう」から始まり、今日撮った写真が数枚。最後に「また今度どっか行こうね!」と締めくくられていた。それに返信を返しながら、ベッドに寝転がる。
すう、と吸った息は、特別溜め込まれることもなく自然に吐き出された。
ああ、今までよりずっと、息がしやすい。
解 琴事。 @kotokoto5102
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