第8話

 あれから数日経った。職場環境は劣悪だった。

 絵に描いた様なアットホームなんて言葉が存在するが、絵に描いた様な最悪な職場環境なんて言葉がピッタリな程最悪だ。


 辞めようと何度も思ったが、親父の知り合いが社長だったので辞めるに辞められなかった。

 店長の暴走にも磨きがかかり、それが職場環境の劣悪さに拍車をかけた。

 新庄だけではなく、他の従業員の心も徐々に蝕んでいき次第に新庄さんとの間に大きな溝ができる様になった。


 ここで更に状況が悪化した。

 最後の希望だった社長も、最終的には店長サイドについたのだ。

 僕は社長からの電話で説得を試みたが、返ってきた返答は怒声だった。

「オマエと新庄が職場を乱している」

「何の為に店長がいると思ってんだ」

「オマエんとこの店舗だけなんだよ。そんな感じなのは」

 そんな感じだった、僕はただ謝るしかなかった。


 自分の無力さを痛感した瞬間だった。


 どんなに正論を言っても、それが世の中では正しい行いであったとしても、権力を持った人間の一言が現実になっていくのだと知った。

 世の中は正義があって、みんなの心の中にもそれがあると思ってた。

 小さい頃に見たヒーローの様に正義の心があってモラルを遵守するものだと思ってた。

 僕の考えが甘く、無知を知り。現実を知った。

 他の店舗も同じ様な感じだった事もその1つだ。


 僕と新庄は【四面楚歌】だった。


 状況が悪化すればするほど僕と新庄の関係も深まっていく、状況が状況だけに互いを求めあっていった。


 ある日の夕方、僕と新庄はいつもの公園で待ち合わせた。

 公園に着いたら新庄が既に待っていてキョロキョロと辺りを見回していた。

 どうやら、僕を探している様だった。

 僕を見つけるや満面の笑みで、

「後藤しゃ~ん!!」

(!!!!!?)

 彼女は凄く嬉しそうだ。

 しかしだ、周りの多数の人達が一斉にこちらを向いてクスクス笑っている。

 当たり前だ、大声で「しゃ~ん!!」だ。

 急いで場所を変えベンチに座りながら僕が買ってきた飲み物を飲んで他愛無い話をする。

 いつもの日常だ。


 店の事、店長の事も話すけど普通の何気ない話でも盛り上がる。

 楽しい時間って過ぎるのが早いって本当だ、空の色が茜色に染まり始める。

 そして日も暮れ始めた頃、僕は意を決して新庄に告白した。


「嬉しいよ」


 帰宅の際の手の握り方も変わっていた事が嬉しかった。

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