第6話

 恋愛とは何なのか、人を恋する。と人を愛するとは何なのか。

 よく愛は真心、恋は下心。なんていうけど、真心って何なんだろうか。

 この時の僕には良く判ってなかった。

 ただハッキリと言えるのは、彼のは恋なのだろう。と言えるコトだけだ。

 厄介なのは、店長は仕事の部分では社長からも他店舗の店長からも絶大な信頼を得ている人間だと言う事だった。

 絶大な信頼を得た人間が影でそんな事やってるなんて誰も思わないだろう。しかもそれに加えて1店舗の最高権力者だ。だから厄介なのだ。

 止める人間がいない。

 彼の言う事が上の人間の現実となり、正義になる。

 それに物申す人間が悪となり、正論を言った所で狂言になる。権力を持つという事は発言力という力を得る事、事実を捻じ曲げる程の。


 あれから数か月経った。状況はというと店長の行動が徐々にエスカレートしていった。店長という権力者の肩書きは店舗のシフト構成すらも容易に自分の都合の良い様に書き換えられていった。僕は権力というものを改めて知った。

 僕には権力なんてない。

 彼女の手助けをするにしてもどう立ち向かえばいいのだろう?僕に何が出来るのだろう?職場の為に何が出来るのだろう?

 いや、やれるやれないじゃない。やれるだけやるしかないんだ。

 権力が無い者なりに足掻いてみせるさ。


 彼女にも変化が見られた。職場のカウンターで度々激しい口論が展開される様になった。しかも、他のアルバイトの人達の目の前で…。

 アルバイトの子達から多数報告を受けた。幸いお客さんは居ない時だった様だ。

 店長と職場環境の変化にアルバイトの子達も流石に気が付き始めていた。


「この前、新庄さん店長に凄いキレて怒鳴ってましたよ。」

「え?」

「『だからよぉ!!何でわかんねーんだよ!!』みたいな感じで…ビックリしました」

「店長はどんな感じだったの?」

「ニコニコ顔でなだめてましたけど。」

「本人がキレて、それじゃぁヤバいね人の話なんてきかないだろう」


 まるで、アイドルを崇拝する信者だ。自身の中に顕現した神なのだろうか、相手に自分自身の中の神を重ねる。そうやって自分の中の理想を相手に重ね、その理想の彼女に恋をするのだろう。彼女からしてみれば迷惑極まりないことだ。

 自身を見てもらっているのではない、彼自身の理想に恋しているのだから。

 ただ。彼にとってはそれが現実かどうかなんて重要ではないのだろう。自分の理想を投影できる依り代がほしいだけなのかもしれない、

 人形遊びをする女の子の様だ。いや、それだけメンタルが弱いという事の現れのかもしれない。彼も一種の被害者なのかもしれない。

 それは小さい頃からの家庭環境にあるのかもしれないし、小さい時の友人関係にあるのかもしれない。それは僕にはわからないけど、幼くして道から脱線した事があるのかもしれない。

 彼の育った家庭環境こそが彼の現実であり、常識になってしまったのだろう。


「最悪、これ以上悪化すると職場もヤバイからなぁ…社長にも一回相談するしかないかもしれないね。」

 

そんな事を言ってアルバイトの不安を少しでも消してあげる事しか出来ない。

 無力さだけが僕の心を染めていく。晴れた日に現れる積乱雲の様に。

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