第5話

 新庄という若干19歳位のこの娘は常に何をするにしても、会話するにしても常に笑っている。

 悩み等とは無縁なのだろうか?と思える程に笑顔でいるイメージが強い。

 しかし、今目の前に立っている彼女の目からは笑みは無い。

 真剣ながらも少し困惑した顔だ。


(新庄さんのこんな顔初めて見た…。)


 出会って一か月経たない位でまだ彼女の事を全て知っている訳ではない。

 さて。どんな秘密が飛び出すのだろうか…。


「で、伝えようとした事って何?」

「えっと…、私実は夜の仕事をしているんです…。」

(夜…?あぁ…そういう事か…)


 おそらく彼女の言っている夜の仕事というのは繁華街での高時給の仕事だろう。

 こういう仕事をしてると定期的にある話だ。

 だからこの手の話を聞いても驚く事は無かった。

 ただ、この手の子達は生活水準自体があがる為だろうか…最低賃金の場所で働いても給与額を見て辞めていく人が多い。

 この娘も直ぐに辞めるだろうと思っていた。


「ちなみに、業種は何?」

「ヘルス…」

(あぁ…、これ上にバレたら辞めさせられるな。)


 僕が困った。という顔を全面に出していたのだろうか、彼女が口を開く。


「給料は安くてもいい、貯金いっぱいあるから。ただ…昼の仕事で働いて綺麗なお金を稼ぎたい。」

「こう見えても、働いてる店でNo1なんだ。」

(この娘の本気だな…)


 僕は彼女が本気でこの仕事で頑張ろうとしている事を無駄にしたくないと思った。

 確かに道中で道を外れてしまったかもしれない。

 だからといって。真剣に立ち直ろうとしている人間を簡単に会社のメンツの為に切り捨ててしまう事が正義なのか?一旦道を外れてしまった者には救済は無いのか?そう思ったのだ。


「本気でやり直したいの?」と聞くと、彼女は元気よく「はい!」と答える。

「わかったよ。ただ、社長や店長にバレたら多分辞めさせられると思う。」

「気を付けます!」

「店長はこの事知ってるの?」

「あー…それなんですけど…私の事知ってた…」

(おう…だからか…)

「あの人、夜の店やってる人でNo1。No2、No3みたいな人達を片っ端からチェックしてるみたい…」

「夜の店でやってるブログも過去1年書いたの全部チェックしてたし…」

「それで、チェックしてる娘がたまたま面接にきてって感じ。」

「だから、あんなにテンション高くてご機嫌なんだ…。」

「そう。出勤時に制服のポケットに私がブログで好きって書いてた飲み物入ってる事何回もあった。」

「そういえば、店長は何で新庄さんのLINE知ってるの?」

「それね。面接の時にバレたって言ったでしょ?その時に夜の店で働いてるのバラされたくないならLINE教えてって。」

「それで交換を?」

「そうだよ。だってバラされる訳にいかないもん。人生立て直したいから。」

(脅迫かよ…相当、厄介だな)

「とりあえず、了解したよ。ただ、流石にLINEの内容とかヤバイから対策は練らないとね。」

「うん。」


 彼女も何人もその手の輩の相手はしてきて慣れているみたいだった。店長の動向の話をする度に「大丈夫、慣れてるから」と何度も言っていた。

 ただ、その会話をする時だけ顔は笑ってなかった。


自分の中で店長へ許せない部分があった。気を惹きたいのは理解できる。ただ、そのやり方だ。いくら何でも人の弱みを突いてくるやり方が気に入らなかった。

個人的な感想かもしれない。そんな事言えるのは女性に不自由しなかった人間だけだ。と言われるかもしれない。

けど、それでも彼女にも決定権はあるべきだ。と思った。それが恋愛における公平さだと思った。

なによりも、職場でこんな人間のドロドロとした闇の部分なんか見たくなかった。

ただただ。静かに働きたかっただけなのに。

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