第2話

「アンタ。早く起きなさい!今日から仕事でしょ!」

 俺の短いバケーションが終わりを告げ現実に戻される。

「はいはい、解っておりますよ。」

 ウダウダいっててもしょうがない、覚悟を決めてさっさと出勤しよう。

 俺はふと時計を見る。

 幸い出勤時間まではかなり余裕があり、途中で飯食ってゆっくりする時間はある。しかしながら、遅れる訳にもいかないので早めに家を出た。

 実家といえど、こんな子供部屋おじさんに母親が飯を用意している訳もなく、出勤途中でどっか寄って朝食をとる。

(さてと、飯も食べたしちょっと早いけど出勤してしまうか。)

 男は店を出て出勤先のコンビニまで向かう。

 同じ街に住んでいても、自分の行動パターンというのは決まっているもので普段行くエリアと行かないエリアというのはあるものだ。

 出勤先は普段行かないエリアにあたり、余裕をもって店を出たつもりだったが思ったよりも時間丁度に店に着く。

(ここで合ってるよな?)

 そう思いながらも店のカウンターに居た店員に声をかける。

「あの、本日からここで働く事になっている後藤と申します。」

「あ、店長からきいてますよ。どうぞ。」

 対応してくれたのは自分よりも若い男性だった。

 名前は黒川、どうやら名札を見た所ここのマネージャーみたいだ。

 マネージャーというのは店長と共に経営を補佐する役割の人を指す。その店舗の社員の人がなるケースが大半である。

「失礼しまーす。」

 黒川さんは事務所の扉をノックした。

「どうぞー。」

 事務所の中から声がした。店長は事務所に居たらしい。

 黒川さんは私に「どうぞ」と告げカウンターに戻っていった。

「失礼します。」

 扉を開けると、お世辞にも痩せているとはいえない体格の男の人が座っていた。

「あ、社長から聞いてます。後藤君だよね?」

「そうです。よろしくお願いします。」

 無難な挨拶を交わし、用意された椅子に座る。

「何か聞いたけど、社長の知り合いとか。」

(きた…何で言うかなぁ…。個人的にコネって言われるの好きじゃないんだよなぁ…)

 正直、コネってのは好きじゃなかった。何故なら高校生の時にもこの社長にはお世話になっていた経験があるからだ。その時には社長の知り合いってだけで周りの俺を見る目が明らかに違うのが理解できたからだ。

 他の従業員には絶対そんな対応する事がないだろうって、俺に明らかに気を遣ってくれてるのは判ってた。

 

 それが何よりも苦痛だった。

「そうです。親父が昔一緒に仕事をしていたので、それで…」

「あぁ。そうだったんだ。まぁ、今回ここの店に決まって今カウンターに居る黒川君に仕事教えてもらう様になってるから。」

「わかりました。」

「ここで働く前はどっかコンビニで働いてた?」

 以前働いていたコンビニの事を話した。店長は「長いね。」と呟いた後、聞こうと思っていた事も経歴を見た後に聞かなくて良くなったのであろう。

「他に質問ありますか?」

 と締めの言葉に入った。俺は以前働いていたコンビニとはチェーン店が違ったので、そのことだけ話して判らない事があった際には黒川さんに聞く旨を伝えた。

 そして、用意された制服に着替えカウンターに立った。一週間ぶりとはいえ、初めての店のカウンダーに立つと少し緊張するものだ。黒川さんに色々と教えてもらいながら試行錯誤しある程度時間が経つと完全に以前の感覚を取り戻せた。

「覚えるの早いっすね。」

 そりゃそうだ、10年もコンビニでワンオペでこき使われてりゃ誰だって仕事内容なんて身体で覚えるってもんだ。

「じゃぁ、俺は安心して他店舗に移動出来ますわ。」

(へ?今何て仰いました?他店舗移動?)

 黒川さんは俺が何も聞いていないのを察知したみたいで説明してくれた。

 オーナーは近くに複数店舗を構えており、1店舗辺り店長とマネージャーが経営を担う事になっているそうだ。ここに俺が配属されるので、代わりに黒川さんが他の店舗のマネージャーをするというのも当然な話ではある。

 だが、新たな問題が出てきた。私はコンビニで10年働いているとはいえ、アルバイトだ。いきなり経営には不安を覚えた。

「大丈夫っすよ、仕事見てましたけど問題ないっす。」

 何が問題ないっす。なのか理解し難い。経営の仕事なんて何があるのかも判らないのだ。

「基本的には、売り場作りと発注がマネージャーの仕事です。他は従業員と同じですよ。」

 それなら以前のコンビニで経験はあったので問題なかった。というよりも、アルバイトなのにそんな仕事までやらされていたのか…と再認識した。

 兎にも角にも、それからの俺は以前リーダーをやらされていた事もあり、何とかマネージャーとしてアルバイトの子達に指示をしながら必死で仕事をこなす日々が続いた。

 そして、入社をしてから約半年が経過した頃だった。

 何気ない日常が終わりを告げる。たった一人のアルバイトによって。


 とある日、店長から新しく面接に来る娘が居る。との事だった。なんでも19歳の女の子らしい。まぁ、今の店舗でもその位の歳の子ばかりだったので気にもとめていなかった。

 ただ一つ、店長がやたらとニコニコ顔だったけど。

 店長はいつもニコニコしている。いつも笑っており、周りの人から温厚な性格だ言われるタイプの人間だった。それを踏まえてもやたらとテンションが高いのが見受けられた。

(まぁ、新しく人入ってくるしシフトも作りやすくなるからかなぁ。)

 そう思って深く考えるのをやめた。

 面接時間になって表れたのは何とも普通の女の子だった。ちょっと垢抜けてる感じはあったが、いたって普通の女の子だった。面接時間は10~15分位だったろうか…、良く覚えていないけど、ちょっと普段の面接よりは少し長かった気がする。

「ありがとうございましたー!あははっ!」

 女の子が面接会場の事務所から出てくる。どうやら面接は上手くいったみたいだった。案の定、女の子が帰った後店長から合格で明後日からシフト入る。という報告があった。

「わかりました。」

 俺はそう返答した後、俺が仕事を教える事になった。面倒だったが、人を教えるのは得意なのと店長が夜勤だった為、日勤と夕勤希望の彼女の教育係を引き受けた。


 今思えば、ここで断っていたらまた違うエンディングもあったのかもしれない。

 まぁ、そんな事言っても何も変わらないんだけど。

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