第2話 美少女、その名はレヴィアタン
この少女、ツッコミどころは沢山あるが——レヴィアタンと名乗ったよな?
レヴィアタン、或いはリヴァイアサン。
オタクなら誰しもが一度その名前を聞いたことがあるだろう。聖書に出てきて、悪魔としても扱われた、伝説上の存在。確か蛇だったか海竜だったか。
某ファンタジーなゲームには召喚獣として登場しているし、某音ゲーにも同名の曲があるしで、オタクに馴染みのある存在でもある。
——この少女が……レヴィアタン……?
その人と全く同じな見た目、そして海から釣り上げられたという事実——普通の生物で無いということはほぼほぼ確実だろうが、レヴィアタンと言うには些か——というかかなり無理があるような気がする。
蛇のような尻尾があるとか、そもそも見た目が人じゃ無いとかならまだしも。
「えっとー……本当にレヴィアタンなんですか? あの伝説の」
恐る恐る尋ねてみると、何かに気付いたかのように体をぴくりと揺らした。
「そっか、やっぱりこれじゃ分からないか! ちょっと待ってね!」
そう言うと彼女は踵を返して黒と金の髪を揺らし——海に身を投げた。
「ちょっ!?」
さっき海から出てきて生きていたのだから大丈夫——とは頭で理解していても、思わず体が動いてしまった。
彼女の後を追うように堤防を駆け——
海が爆発した。
そう表現するに相応しい程に、雨のような水飛沫が生じて降り注いできた。
そして眼前に現れた威容に腰が抜けた。己の死を悟ってしまう程の、悍ましい脅威がそこにあった。
龍の如き黒い巨躯、幾つもの悪魔の翼——或いは鰭を持ち、複数の巨人の腕と触手を生やした怪物——それが、少女の姿をとっていた。
歪に曲がった禍々しい角が生えた頭部、そこにある爛然と輝く二つの満月がこちらを見下ろしている。
「本当はこんな姿なんだけど、色々不都合だから人の姿なんだよねー」
その姿とは裏腹な親近感のある幼げな声で彼女は言ってきた。
——ヤバい、あんなのを釣ったの……?
生まれて初めて、釣りをしていたことを後悔した。まさか自分がこんな怪物を召喚してしまう——もとい釣り上げるなんて、思っていなかったから。
もしこの怪物がこの街を滅ぼしてしまったら——俺の責任だ。
心臓が苦しく、最早まともに考えることができない。ただただ眼前の悍ましい怪物を見るだけで——
「ねぇ」
「ぎゃぁ————————っっっ!!!」
悪魔の如き頭部をこちらにずいと寄せて話しかけてきた。
——死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死ん——
「あ、人の姿にならなきゃ」
頭が死で満たされている俺を余所に、彼女はそう呟いた。すると彼女は光に包まれ——初めに見た美少女の姿に戻った。
また全裸だが、興奮する余裕なんて一切無かった。こんな可愛らしい少女が本当はあの怪物だという事実が、それを許さなかった。
彼女は腰を抜かしているこちらをじっと見て——
崩れ落ちるかのように肉薄し、覆い被さるかのように抱きついてきた。
「え? え? え?」
俺はただただ困惑するだけだった。海から美少女を釣り上げたらディープキスされるわ、その正体はレヴィアタンだわ、そして急に抱きつかれるわ——理解できないことの連続だ。
もしや、異世界に転移したのだろうか? それとも普通に死んだのだろうか?
「マジで感謝ぁ~っ!」
彼女の口から出てきたのは、どこか懐かしさを感じてしまう感謝の言葉だった。
「え? 感謝? 釣り上げただけじゃ——」
「足攣って天国——あ、オラの場合は地獄か、に逝っちゃうところだったんだよ~! アレが無かったら本当にこの世にいないいないであの世にばあだったよ~!」
成程、死にかけのところを救ったのか——って、仮にも凄い伝説上の存在がそんなことってある?
猿も木から落ちる、河童の川流れ、といった言葉はあるが、よく言ったものだ。
というか言語センスが独特だな。
「そ、そうでしたか……じゃ、じゃあちょっと手を放してくれませんかね……」
こんな美少女に抱かれるなんてまたとない機会ではあるが、流石に海とセットになるとハッピーでは無くなってしまう。濡れるし臭いし。
一部のマニアしか好まないだろうが、生憎俺はそのマニアでは無いのでね。
「え~!? でも、オラのような子に抱きつかれると嬉しいんでしょ!?」
「は、はい、まあそうなんですけど——」
「だからこれは、オラの感謝の証!」
彼女が嬉々としてそう言った後、抱きつく力は強くなり——
「——ねぇちょっと強くなりすがぁっ!?」
血圧計程の締め付けを通り越し、プレス機械を想起させるような力が腹部に加わった。
——そうだ、人の姿とはいえ、レヴィアタンだった。
肉と内臓が圧迫され、骨が軋むような感覚を覚える。死がすぐそこまで迫ってきていることが酷く感じられた。
一瞬「死ねぇ!」という叫びと共に放たれる技を思い出したが、そんなことを思い出している場合では無い。
「ストップストップストップストップ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
しかしそう言っても彼女はレヴィアブリーカーの手を緩めず——
ばきっ。
激痛と共に腹部で音が鳴った。
「あ゛っ゛!? あ゛が、あ゛、あ゛ぁ……」
「あれ?」
俺が死に触れて、ようやくその怪物の手が緩んだ。
意識が薄れていく——その中でも、股間の辺りが温かく濡れていくのははっきりと分かった。
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