第4話

 男の目線は僕を離さなかったし、僕も男から離れようとはしなかった。男の息遣いとか脳みその醜い皺とかまで口に含んでいるのかとおもえるほど、其処に距離という概念が存在していなかった。僕たちは意識は違えど、同じ身体を共有し、自分自身を観察している。過去数人の人間だけでは到底つなぎ合わせられないような途方もなく長い時間を僕たちはお互いを求め探し回っていた、そしてついに自分達が何の目的に支配され生きていたのかを忘れ、日々を疎ましくおもいながらももうちょっと先の人間にまで僕たちの再会を任せていく。そしてついに僕は再会を果たすことが出来た。それは又男も同様である。そんなふうだった。

 僕らは席を立ち、会計を済ませた。

「あの、まだ御注文の品をお出ししていないのですが……」店員がいった。

「あぁ、それも含めた金額を出しますので。他の方にサービスしていただけたらと思います。そうですね、あちらに1人でいらっしゃる美人さんにでも差し上げてください」僕は物憂げに手元の指輪を眺めている30代くらいの端正な女性を手の甲で指して、それでも彼女に全く興味はありませんからといった感じを忘れないように無表情でいった。そうして、僕と男は其処を後にした。

 カツン カツン

 カツン カツン

 男は長い棒を地面にこすりつけながら歩く。――ここ其処に何があるのかは大体検討がついていますがそれでもちょっと確かめてみようとすること、それを貴方は奇妙にお思いになりますでしょうか――男が口を大して開けないまま、そう言った気がした。――僕も貴方に似たところがあります――僕はそう言ってみた。職場の同僚や親戚との会話には、なんだか人間の気持ちに波を立てるために生まれたかのような言葉が僕と彼らの間隙かんげきを埋めていくのだけれど、男との会話はそうではないから心地良い。大して言葉を交わさないけれど、隣を歩いているだけで相手のことがもっと分かっていくような感じにとても嬉しさをかんじてしまう。

 僕らはそのままホテルヘと向かった。もうすっかり暗くなり、欠けたところが見当たらない月がうらやましそうに僕らを見ていた。

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