第2話

 男は僕の体の中をも楽しみたいと言わんばかりの細い目で僕を見つめており、そして僕は男のそれを愛しているのかもしれなかった。丹田あたりが次第に熱を帯び始め、其れにうなされてみたいと願う自分を少しだけ解放してみるのだが、どうやら理性が拒んでいる。果たして僕はどちらに従うべきなのだろうか。僕が愛すのは女であり、これは空間並進対称性を持つのと同じように、時間並進対称性を持ち得るのだろうか。頭の中で、2人の僕が激しく議論している。僕は彼らを静かに眺めることしかできない。過去は心地良い、過去を何度も味わう、それが人間である。

 僕は男の目線に絡められたまま、口吻にキンと冷えたグラスを触れさせ傾けてみる。そうする事で僕はもっと酔ってしまう代わりに理性をこちらの方に近づけようとする。アルコールで酔ってみるのは今日が初めてのはずなのだが、もうすっかりそれを使いこなせているような、あるいはそいつをわかってやったような気になっている自分を少し羨ましくおもいながら、もう少し微醺を帯びた。理性が、こりゃまた、とこちらに向かっているのを感じる。そうする事で男の目線に絡まった自分を解き、ようやく自分のものにすることが出来た。だが既に何か事が起こってしまったのかというほどに、僕の身体の隅々を貫く何色かの骨が軋んでしまっているようだった。

 自分を意識しないでみようと、また両方の目を眼前に展開されているレンガの重なり合いと、裸の木々へとやってみる。レンガ達はもうすっかり隣と温まってしまいました、というかのように赤茶に染まってしまい、木の葉をなくした木々は僕に抱かれるのを待ちわびているようだった。そして秋は知らないうちに過ぎ去ってしまったかのように、人々は手を愛人のそれと絡めたり、アルコールに浸された吐息で一生懸命に温めたりしている。もう空気を肘で少し突いてしまえばすっかり冬になってしまいそうな、或いは秋と冬が抱き合っているような情景が渋滞していた。誰もが孤独を感じているこの曖昧な季節に、僕は誰かを温めてみようかとおもう。若しくは温めてみたいとおもう。それこそ裸のアルボル――木――はもうすっかり誰にも抱かれていないだろうから、彼を温めてやりたい。それとも今日の夕頃から漸く姿を現すルナ――月――も心地よさそうだ。今日は幸い満月だから、彼女も幾分か積極的であろう。一ヶ月に一度だけ魅せる彼女の豊満な容貌に、僕は何度惚れ込んだことか。今日こそは、と思えど、私は貴方の物ではない、と一蹴され一人ベッドに駆け込む十代の青春。だが今日から二十代、これからはアルコールに浸ってしまいそうだなとおもった。

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