トロイメライをキミに
禄星命
第1話 幼馴染みと独創曲
チャイムが鳴り、気だるくも開放感が溢れる放課後。クラスメイトが次々と教室を離れる中、隣の席に座る幼馴染は、今日も夢物語を口にしていた。
「ねえ
「ああ、寝る間も惜しんで書いてるっていうアレか?」
「そうそれ!」
肩まで伸びた黒髪をハーフアップに纏める彼女は、机に乗せたバッグを漁ると、一冊のノートを取り出す。
「じゃじゃーん、私のオリジナルミュージックです!」
その表面には黒ペンで、“タイトル 未定”と書かれていた。……世の中には、画竜点睛という四字熟語がある。つまり曲名がついて、初めて完成と言えるのではないだろうか。だが奏は満足しているのか、厨二病患者よろしく額に指先をあてる。
「ふふっ、記念すべき5曲目……。拓斗にはいつもお世話になってるから、今回も特別に聴かせてあげても良いよ?」
「世話か……。俺がカフェに寄る時だけ勝手についてきておきながら、都合良く財布を忘れてドリンクを奢らせている件じゃないよな」
「えっ!?」
「それとも、レパートリー豊富な言い訳を盾に、俺の解いた宿題を丸写ししてる件についてか?」
再び視線をスクールバッグに戻し、帰り支度を進める。すると彼女は、気まずそうに笑う。
「いやあ、はは……。ど、どっちも大切な恩だと毎日感謝してますぅ……」
「そうか。なら全部メモして、将来大物ピアニストになる
「! ……ふーん? なんだかんだ、拓斗も私に期待してるじゃんか〜。ツンデレ男子ですかコノヤロー」
生憎、皮肉は欠片も通じず。底抜けにポジティブな奏は、俺の肩をいたずらっぽく肘でつついてきた。それが少々癪に障ったため、次の攻撃を避けて立ち上がる。
「利子は利率30%な」
「高あっ!? 待って、ヘタな業者より高いよお!」
「だろう。とはいえ、俺もそこまで鬼じゃない。
まけてやるから音楽室行くぞ」
「! えへへっ……はーい!」
「お前は業者の相場を知っているのか?」、なんていうツッコミは飲み込み移動する。未だ教室に残る野次馬に、後ろ指を指されたからだ。
◇◇◇
しかして他愛もない雑談を交わしつつ、職員室で鍵を借り、音楽室に辿り着く。
「よーし、早速奏さんのソロコンステージを整えますか!」
「慌てて怪我するなよ」
「あたぼーよ!」
仄暗く、不思議とひんやりした室内。だがそんな風情も、彼女の発言により霧散した。……折角の空気が台無しだ。だが額縁内の作曲家たちは気にも留めず、揃って
『これ、夜中に一人で見たら怖いだろうな……』
それにしても、何故作曲家はやたら顔を見せてくるのだろう。偉大なのは理解できるが、歴代の校長より存在感があるのは分からない。もし深く知ってほしいが故ならば、画家の自画像が美術室に無いのは、いささか不公平ではないだろうか。
『耳を切り落としたじいさんみたいに、自画像が有名じゃない人が多いからか? いや……こいつらだって、ここに飾られなければ認知されないはず――』
心の内で疑問を重ねながら、分厚いカーテンを一気に開ける。だが刹那、俺は後悔した。
「げほっ、げほっ……! くそっ、今日の掃除当番は誰だ……っ!」
悪態虚しく。窓から差し込む夕陽に、舞い上がった埃が煌めく。咄嗟に目をつむるも、くしゃみにより一層舞い上がった。
「
駆けつける足音。その距離は、動けばうっかり触れてしまいそうなほど近い。
「げほ……っ、平気だ。奏はピアノの準備をしてくれ」
「……おっけー! じゃあ、これだけ置いとくね!」
「ああ、――悪い」
“これ”が何なのかは分からないが、適当に返事をする。一方奏は俺の心情を察したのか、ビニールを擦るような音を残し、さっさと離れていった。
『……情けないところを見せてしまった』
唯一、鼻水が出てないのが幸いだ。傍から言わせれば些事かもしれないが、人前で醜態を曝すのは、俺にとって生涯の恥なのである。
『それにしても、奏は何を置いていったんだ?』
まさか、レジ袋だったりするのだろうか。激しい咳が止まなかった幼少期。俺が吐くかと思ったのか、ある日彼女はビニール袋を寄越してきたのだ。それはそうと、噎せた反動で出た涙を拭い、慎重に目蓋を開く。
『……ははっ。流石に違ったか』
目線の先――窓枠には、新品のポケットティッシュがあった。
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