トロイメライをキミに

禄星命

第1話 幼馴染みと独創曲

 チャイムが鳴り、気だるくも開放感が溢れる放課後。クラスメイトが次々と教室を離れる中、隣の席に座る幼馴染は、今日も夢物語を口にしていた。


「ねえ拓斗たくと、聞いて聞いて! 作成開始から5ヶ月が経った昨日――ついにが完成したの!」

「ああ、寝る間も惜しんで書いてるっていうアレか?」

「そうそれ!」


 肩まで伸びた黒髪をハーフアップに纏める彼女は、机に乗せたバッグを漁ると、一冊のノートを取り出す。


「じゃじゃーん、私のオリジナルミュージックです!」


 その表面には黒ペンで、“タイトル 未定”と書かれていた。……世の中には、画竜点睛という四字熟語がある。つまり曲名がついて、初めて完成と言えるのではないだろうか。だが奏は満足しているのか、厨二病患者よろしく額に指先をあてる。


「ふふっ、記念すべき5曲目……。拓斗にはいつもお世話になってるから、今回も特別に聴かせてあげても良いよ?」

「世話か……。俺がカフェに寄る時だけ勝手についてきておきながら、都合良く財布を忘れてドリンクを奢らせている件じゃないよな」

「えっ!?」

「それとも、レパートリー豊富な言い訳を盾に、俺の解いた宿題を丸写ししてる件についてか?」


 再び視線をスクールバッグに戻し、帰り支度を進める。すると彼女は、気まずそうに笑う。


「いやあ、はは……。ど、どっちも大切な恩だと毎日感謝してますぅ……」

「そうか。なら全部メモして、将来大物ピアニストになるかなでさまの先行投資としてツケておくかな」

「! ……ふーん? なんだかんだ、拓斗も私に期待してるじゃんか〜。ツンデレ男子ですかコノヤロー」


 生憎、皮肉は欠片も通じず。底抜けにポジティブな奏は、俺の肩をいたずらっぽく肘でつついてきた。それが少々癪に障ったため、次の攻撃を避けて立ち上がる。


「利子は利率30%な」

「高あっ!? 待って、ヘタな業者より高いよお!」

「だろう。とはいえ、俺もそこまで鬼じゃない。

まけてやるから音楽室行くぞ」

「! えへへっ……はーい!」


 「お前は業者の相場を知っているのか?」、なんていうツッコミは飲み込み移動する。未だ教室に残る野次馬に、後ろ指を指されたからだ。


◇◇◇


 しかして他愛もない雑談を交わしつつ、職員室で鍵を借り、音楽室に辿り着く。


「よーし、早速奏さんのソロコンステージを整えますか!」

「慌てて怪我するなよ」

「あたぼーよ!」


 仄暗く、不思議とひんやりした室内。だがそんな風情も、彼女の発言により霧散した。……折角の空気が台無しだ。だが額縁内の作曲家たちは気にも留めず、揃ってくうを見つめている。


『これ、夜中に一人で見たら怖いだろうな……』


 それにしても、何故作曲家はやたら顔を見せてくるのだろう。偉大なのは理解できるが、歴代の校長より存在感があるのは分からない。もし深く知ってほしいが故ならば、画家の自画像が美術室に無いのは、いささか不公平ではないだろうか。


『耳を切り落としたじいさんみたいに、自画像が有名じゃない人が多いからか? いや……こいつらだって、ここに飾られなければ認知されないはず――』


 心の内で疑問を重ねながら、分厚いカーテンを一気に開ける。だが刹那、俺は後悔した。


「げほっ、げほっ……! くそっ、今日の掃除当番は誰だ……っ!」


 悪態虚しく。窓から差し込む夕陽に、舞い上がった埃が煌めく。咄嗟に目をつむるも、くしゃみにより一層舞い上がった。


拓斗たくと、大丈夫!?」


 駆けつける足音。その距離は、動けばうっかり触れてしまいそうなほど近い。


「げほ……っ、平気だ。奏はピアノの準備をしてくれ」

「……おっけー! じゃあ、これだけ置いとくね!」

「ああ、――悪い」


 “これ”が何なのかは分からないが、適当に返事をする。一方奏は俺の心情を察したのか、ビニールを擦るような音を残し、さっさと離れていった。


『……情けないところを見せてしまった』


 唯一、鼻水が出てないのが幸いだ。傍から言わせれば些事かもしれないが、人前で醜態を曝すのは、俺にとって生涯の恥なのである。


『それにしても、奏は何を置いていったんだ?』


 まさか、レジ袋だったりするのだろうか。激しい咳が止まなかった幼少期。俺が吐くかと思ったのか、ある日彼女はビニール袋を寄越してきたのだ。それはそうと、噎せた反動で出た涙を拭い、慎重に目蓋を開く。


『……ははっ。流石に違ったか』


 目線の先――窓枠には、新品のポケットティッシュがあった。

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