第4話 この感情の名前をまだ知らなかった

「あの、このオンボロ船で海に出るんですか?時間あるなら直しますよ。もしかして陸地って近いんですか?」


蟷螂「遠い」


蜜蜂「ここに来るまでに3、4日かかってます」


蠍「リーダーが決めろよ」


砂浜に打ち上げられてる船は底が削られていてヤバい状態だった


「海に出るなら船体の底を丸っと変えたほうがいいんじゃないですか?服着たまま長距離は泳げないから…」



と言うわけで、前鬼と後鬼に船を工場に運んで貰った。

エンジンは使えるからガワだけ変えたらいけるかな?すぐに作業に取り掛かる。

船なんて俺は初めてだけど、前鬼と後鬼が知ってるそうだ。クレーンで吊るして船体を持ち上げ解体作業をすすめる。

2日くらいかかる予定だ



奇跡としか言いようがないが幸運にも、このエージェント達が島から連れ出してくれるらしい!

渡りに船とはこの事だ


食料事情は家庭菜園が少しと、冷凍保存が少し。島の裏側の村で何か育ててたはずなんだけど、実は村に行ったことが無い

いや、あるにはあるけど遠くから双眼鏡で覗いただけだ。

知らない間に廃村になってた


島の食べれる野草を採集するついでに廃村に入った。腐敗を通り越して風化した白骨死体が小屋の中に見えた

畑には雑草が伸び切っていて何を育てていたのか解らない程だった


エージェント達は見るからに雑草みたいな葉を摘んできて、食べられる野草だと言った。

カルチャーショックを受けた

夕飯にほうれん草感覚でパスタにして、残りはかき揚げにして出した

ついでに網にキスがかかってたからそれも天ぷらにした。出汁派か塩派か解らないから両方出した


蠍「罪人の離島なのに西洋文化だと?!」


え?何が?


蜜蜂「パスタなんてハイカラですね~ゲンナイさんの趣味ですか?」


蟷螂「黙って食べろ」


「あの…本土で普通に着られてる服って皆さんが今お召になってるものですか?」

本で読んだ忍者みたいな服だよな

インナーに鎖帷子が入ったレトロな服がブームなの?それともエージェントの組織の制服かな?


蠍「西洋風の洒落たドレスが着たいなんて言うつもりか?似合いそうだけどやめときな!

目立ちたいんだろーけど、お前は人質だってことを忘れんな!クソガキ!」


ってことは、ドレスは目立つ服装なのか。そんなの着るつもりはねーよ!

(※パーカーにショーパンに太ももまでのソックス姿)


蜜蜂「まぁまぁ蠍さん落ち着いて。

えっとマコトちゃんはドレスが着たいのかな?

ちょっと目立っちゃうから、拠点についたら和装用意しますね」


蠍さんはどう見ても10歳前後の少年に見えたんだけど20歳超えてた、しかも美人の彼女がいるらしい…今日一番のショックだ


ハチミツ野郎は18で、おそらく俺と肉体年齢は同い年か俺のがちょっと下くらいかな?正直、女の子扱いはやめて欲しい。


リーダーの蟷螂さんは30近いんだと、そんなオッサンに見えないけどな

カマキリって交尾の時にメスに食べられる憐れな虫ケラやん!とは思ってないよ。


多分、じーさんがなんかやらかしたせいで俺が人質にされるんだろうけど、一応最低限の身の安全は保証してくれるのと、この離島から脱出できるなら何でもいいや


地図を持ってきて街の様子を聞いて想像を膨らませてワクワクした。




蟷螂「私が見張る」


夜は普通に自室で寝ようとしたら見張りを立てると言い出した


「えっと、何のためにですか?」


蟷螂「…そなたは信用ならぬ、我らの船を乗っ取って逃げ出すとも限らんからな」


蠍「はぁ、まぁリーダーの好きにしたらいいんじゃねぇ?」


蜜蜂「なら僕が見張りに…」


蠍「そりゃ無理じゃね?流石に若い男と女が同じ部屋ってのはな?悪い事は言わねーやめときな」

蜜蜂と蠍はリビングのソファーで寝るらしい



それから、蟷螂は部屋の外で待機すると言う


「入らないの?……あの、部屋に普通に窓あるんスけど?

朝になって"お前夜中に抜け出したな"とか言いがかりつけたりしない?

そのっ縛って寝るとかも無しですよ」


「…チィッ」


渋々と言ったように部屋に入ってくる

もちろん散らかってた私物はザッと納戸に突っ込んで、見た目は奇麗に片付けてある


部屋に入るとすぐに蟷螂は扉の横の壁にもたれかかり腕組みをして静かに目を閉じた


俺は部屋に入れたことをとても後悔した

他人が部屋にいるとこんなにも寝にくいのかと初めて知った。

気になって仕方ないのに、なんか怖くて話しかけることも出来ない


動くたびに気配を追われてる気がするし

文字通り見張られてる事がこんなにも苦になる事だったとは…


「あの、寝る前にホットミルク飲みに行きたいんですけど…後、トイレも行きたい…です。炊事場まで行ってきても?」ひぇ


蟷螂は静かに目を開くと、壁から離れてついてくるようだ

炊事場に行くためにリビングを通ったけど2人はいなかった


「あの~、何か飲みますか?」

夕飯の天ぷらに天つゆと塩かけてたよね、喉乾かないの?


※組み上げ式ポンプの井戸水をタンクにためて浄化してから出てくる水。蛇口をひねると水が出る

ちなみにミルクは粉ミルクの事。生乳が手軽に手に入らないのと、保存期間の為



ヤカンでお湯を沸かして棚から洒落たコーヒーカップを出して、蟷螂を見た。

じーさんが大人はミルクを飲まないと言っていたしな。


「珈琲か紅茶か緑茶どれがいいですか?」

茶葉が湿気ってる時は、フライパンで煎るとほうじ茶になるんだっけ


「珈琲があるのか?」


ビクッ


喋った!蟷螂さんは珈琲をご所望か!

たしか冷蔵庫にじーさんが隠してたチョコレートがあったよな

珈琲カップの受け皿にチョコをのせると「何だそれは?」と聞いてきた。


「チョコです、珈琲と同じで苦くて渋い大人の食べ物なんでしょ?」


じーさんがいつも珈琲を飲む時のように

自分が寝れない時にいつも後鬼が用意するように、縁側ウッドデッキのソファーのサイドテーブルに置いた


並んで座るつもりで声をかける

「珈琲が入りました…よ?」



蟷螂は静かにその所作を見ていた

慣れた手付きで薪ではない窯で湯を沸かし、珈琲をカップに注ぐ

陶器のように白く美しい肌、ビロードのような碧眼に老いた白髪ではなく、艶のある白銀の髪の妙齢の女

蟷螂は言動が見た目よりも幼い事に気付き始めていた。

慎重な蟷螂は、あのふざけたゲンナイの日記を信じることが出来ない。他の2人はもしかしたら有り得るかも?くらいには考えている。

蟷螂の所属している忍びの里に西洋文化は程遠く、少子化と過疎化が進んでいた。

それでも依頼に出る忍達は街に降りて一通り見聞きしている。

蟷螂は上司の付き合いで洋食店に入っていて、ビフテキやパスタやカレー等も試していた。

だからチョコが本当は甘くて婦女子に人気な事を知ってる。ゲンナイが"チョコは子どもの食べるものではない"と言ってそうだと蟷螂は容易に想像がついた。


ふぅーふぅーとカップを傾け静かに飲む

姿勢もよくカップを持つ手も指先まで美しい

こんな場所でなければ、しっかり躾けられた良家の子女のようだった


長いまつげが影を落とす、言動は幼さが見え隠れするが、その横顔は大人びていて艶めいていた


蟷螂はフゥとため息を吐いた


ビクッ

「あの、珈琲冷めます、よ?」


「ふっ…猫舌なんだ」


あっ笑った!

この人も普通に笑うんだな…同じ無口なキャラでも後鬼と違ってこの人は物静かで次の動きが読めなくてなんか怖い

猫舌とかちょっと人間味があって安心した


再びフゥとため息を吐いた蟷螂にビクッとした



そして部屋に戻ると、今度はドアの外の壁に手を組んでもたれかかり「ここで見張る」と言うとそれっきり蟷螂は口も目も閉じた



部屋の外で見張ってると思っても緊張するもんだな…同じ部屋にいるよりかは、はるかにマシだけど


フッと窓に影ができた

すると閉じた窓から後鬼が音もなくズルンと入ってくる


『寝れぬのか?』


「後鬼!部屋の外で見張られてるんだ静かになっ」コソッ


『音の周波数を変えてる、若いそなたにしか聞こえぬ』


後鬼はいつもみたいにベッドに運んで頭を撫でる

一緒に寝るのはなんとなく恥ずかしいから、もう1人で寝てる。

だけど、寝れない夜はホットミルクを飲んだ後にこうやって頭を撫でてもらう

いつも寝るまで少しだけ話したりする


「前鬼は別に来なくていいけど、後鬼も島から出ないの?」ヒソッ


『…うむ』


「研究所の掃除なら前鬼だけでいいじゃん」


『…』


「俺は…1人で島から出るの?」


『…』


「一緒に行かない?」


『…』


「…」


『…すまぬ』


グズッと鼻息を止めようと必死にこらえる

頭まで毛布を被った、涙の顔を見られるのが恥ずかしい


今まであんなに脱出したくて、下らない計画を妄想してたのに。いざ島から出るとなったら胸が締めつけられ、涙が目から溢れてくる

病気になったの?ってくらい胸がぎゅーっと苦しくて…

毛布越しに静かに撫でる後鬼の手を掴みたくて仕方なかった


『泣くな…いや、泣いていい』(いつもそなたを想っている)




この感情の名前をまだ知らない

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