第46話 赤毛の少女は謎だらけ――となる

 王都物産から紹介を受けた人と会うべく、ボクはそのまま店の事務所に残った。


 一時間後、真っ赤な髪の女性が現れる。女性――というより、少女といったほうがイイ、童顔の女性だった。おそらく、ボクよりは若いはずだ。


「メルダと言います。よろしくお願いします」

 落ち着いた話し方――頭の下げ方も様になっている。


「ヒロト・ニジカワです。えーと、メルダさん? ファミリーネームは?」

「――ファミリーネームはありません」

「――えっ?」


 ボクは若ダンナを見た。すると、彼は頭を横に振る。どうやら、若ダンナも同じように言われたらしい。


「はあ……それじゃ、いくつか質問させてください。帝国のダルタール商会で会計業務をやっていたとお聞きましたが、どのような経緯で商会に入られたのでしょうか?」


 ダルタール商会といえば、帝国はもちろん、大陸でも一、二位を争う大手商会。そのような、商会が彼女のような謎だらけの人を普通に雇うとは思えない。もし、ウソをいているとしたら、こういう質問をすれば答えられないはずだ。


「――帝国北部で身寄りもなく彷徨さまよっていた私は、たまたま商会のキャラバンに助けられました。そして、キャラバンを指揮していたシュバルツさんから、商会の仕事を手伝うように言われ、それ以降、一緒に仕事をしてきました」


 身寄りがなく? 彷徨っていた?


「あのう、その前はどこにいたのですか?」

「――答えたくありません」

「――えっ?」

 いきなりそんなことを言われて、戸惑ってしまう。


 ボクは若ダンナに、ダルタール商会のシュバルツさんという人を知っているかたずねてみた。すると、彼もその人を知っているとのこと。どうやら、商会のエライ人らしく、この王都にも何度かやってきているらしい。


「わかりました。それじゃ、別の質問を――商会を辞めた理由はなんでしょう?」

「――申し訳ありません。それも答えたくありません」

 ボクは「はあ……」とため息をついた。


 さすがに、こんな受け答えの人じゃダメだなあ――と思う。

「では、質問はここまでで――」

「お願いします! 私を雇ってください!」

「――えっ?」


 それまで無表情だった彼女が、急に頭を机に押し付け、声を張り上げてきた。ボクは面食らう。


「いや、だけど――質問に何も答えていただけないと、こちらとしても判断のしようが――」

「ダルタール商会で、商いのことをいろいろ勉強させていただています。交渉や管理、会計については自信があります! もちろん、仕事に関する秘密も守ります! ですので、どうか私を雇ってください!」


 切迫感さえ覚える彼女の懇願に、どうすればイイのか考えてしまう。もちろん、だからといって雇う義理はないのだけど……


 ボクはため息をつくと、彼女に頭を上げるようにお願いした。


「ボクの目を見てもらえます?」

「――えっ?」


 戸惑いながらも、彼女はボクを見る。しっかりした眼差まなざしに、ボクは彼女を信じる気になった。

「わかりました、メルダさん。アナタを雇うことにします」


「えっ?」


 メルダだけでなく、若ダンナも声が出てしまう。


「ちょ、ちょっとヒロト君、こっちに――」


 若ダンナがそう言うので、二人は立ち上がり、彼女から離れた。


「もし、私が紹介したから――という気持ちがあるのなら、気にせず断ってイイのですよ」


 彼はそんなふうに心配してくれているのだけど、ボクは頭を横に振る。


「彼女が話したことは、ウソを吐いていないと思うのです。でしたら、大手商会で働いていた彼女の実績をみすみす見逃すことはないと考えました」


 確かに帝国で働いていたこと以外、なにも話してくれない。きっと、何か問題を抱えているのだろう。それでも、彼女の気概きがいを信用してもイイのでは――そう思ったのだ。



「――わかりました。それなら、これ以上何も言いません。もちろん、こちらが紹介したのですから、責任はもちます」


 ボクはそんな必要はないと断ったのだが、若ダンナはそういうわけにはいかないと言う。


「ダルタール商会とつながりがある者に、彼女のことを調べてもらうようにしますので――」


 彼女を疑うつもりはないが、やはり気になるので、それはお願いすることにした。



 改めて、彼女の前に移動し、握手を求めた。


「それでは、これからよろしくお願いします」


 彼女がボクの手を握ったところで、「あのう、不躾ぶしつけがましいのを承知でお願いがあるのですが――」と声にする。ボクが、「なんですか?」とたずねると――


「できれば、住み込みで働きたいのですが――」

「――――はい?」

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