第二章 盾職人は異世界の経営者となる

第32話 ここの工房もそろそろ手狭だな……となる

 エルフの女の子――アリシアとの同居生活が始まってそろそろ一カ月がたつ。

 その間にボクの生活は大きく変わった。


 アストレア大陸に召喚されたボクは、盾職人として生計を立てていた。だけど、商品が売れず、その日の食料を買うおカネさえない。そんな日々が続いた。


 その頃、ボクはアリシアを出会う。

 彼女は強化魔法が得意な魔道戦士だった。なのに、戦闘が苦手で、魔法研究所を追い出されてから一文無しになってしまう。


 似たような境遇の二人は、一緒にこの困難を乗りこえようとした。


 そんな時に、ある策を思い付く。


 彼女が使える『魔物の敵意を引き付ける魔法』を魔石に封じ込めて、それを盾に取り付ける。

 こうしてできた『魔盾まじゅん』は驚くような効果だった。


 スタンピードが発生する偶然もあったのだけど、評判が広がり、魔盾が飛ぶように売れた。


 しかし、ブルームハルト侯爵に目を付けられ、王都から追い出されそうになる。そんなところをお得意様である冒険者パーティーのタンク役、アーノルドさんに助けられた。

 彼はなんとウィルハース国王陛下にボクたちの保護を頼んだのだ!


 ボクたちは陛下の孫にあたるシャルロット殿下のお披露目会に呼ばれて、そこで『名人マイスター』の称号までもらった。これは王族のお墨付き職人という意味でもあり、準貴族としての地位もいただいたことになる。


 ただ、それでボクたちの生活が変わったわけではない。

 それからも、ボクたちは魔盾作りに精を出した。


 ほぼ毎日のように訪れるシャルロット殿下には、いろいろと振り回されている。ただ、殿下が来てくれると、ジェシカさんたち、騎士団や近衛兵がこのあたりを巡回してくれる。おかげで、ヘンな輩から声をかけられる心配もなくなって、助かっていた。


 こうして、順調にアリシアとの同居生活も軌道に乗ってきたので――


「工房を引っ越す――のですか?」

 夕飯を食べながら、ボクはアリシアにそう提案した。


「そう。もう充分におカネもたまったし、そろそろ広い工房に移ろうと思うのだけど、どうかな?」

 明日にでも不動産屋に行って、良い物件を探そうと話をすると、アリシアも「イイですね」と同意してくれた。


 実のところ、アリシアにいつまでも倉庫で寝泊まりしてもらうわけにはいかない――そう、思っていたのだ。

 ただ、そういう言い方をすると、彼女はきっと「自分に気をつかう必要はない」と断るだろうから、別の理由をつけてみた。


「よし! それじゃさっそく明日、物件を探しにいこう!」

「はい!」


 そうとなれば、今日は早く寝て、明日に備えようということになる。


「それではヒロトさん、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 いつものように、アリシアは部屋のとなりにある倉庫部屋に入っていった。


 新しい工房を借りられたら、彼女にはちゃんとした部屋を用意できる。

「――でも、そうなると彼女の寝顔をこっそり見に行くこともできなくなるな……」

 そんなことを思って、慌てて頭を振る。

 イヤイヤ、それってダメだろ! 彼女にヘンタイと言われる前にやめないと……


 いろいろ考えているうちにウトウトしてくる――


「――とさん? ヒロトさん?」

 耳元でささやく声を聞こえ、ボクは目を開けた。すると目の前にカワイイ顔が――

「ア、アリシア⁉」

 慌てるボクに、彼女は自分の口元に人差し指をあてた。

「なんか、工房から物音がしています」

 彼女の長い耳がピクピクと動いている。

「えっ? それって……」

 ボクが小声で確認すると、彼女は「誰かいます」とやはり小声で応えた。


 つまり――ドロボウ⁉


 ボクは息を飲む。

「わかった、見てくる」

 そう言って、手元に置いてあったあかり取り用の魔石を持って、工房の入り口まで静かに移動する。アリシアもボクのうしろをついてきた。


 扉に耳を付けると、ボクにも物音がわかった。確かに誰かが家探ししているようだ。

 ボクは、うしろにいるアリシアに目で合図する。彼女はうなづいた。


 ボクは扉をバンッ! と開けて、魔石に魔力を込める。工房が照らされた。


「うわっ!」

 そんな声が聞こえた。同時に人影も見えた!

「やべえっ!」

 そう言って、人影が逃げようとしたので、ボクは「待てぇ!」と叫ぶ。そのまま、全力で追いかけ飛びかかった!


 ドタッ!


 相手をしっかり捕まえて、そのまま倒れる!

 ――ん? 頬のあたりに何かが当たっていた。とっても柔らかくて、気持ちイイ。これって――?


「きゃあ! どこを触っているんだよ!」

 乱暴な言葉づかいだが、間違いなく女の子の声だった。と、いうことは――?


「ヒロトさん! 大丈夫ですか⁉」

 アリシアが近寄ってくる。すると、「えっ?」というつぶやきが聞こえた。魔石の明かりで照られ、見えていたのは――


「だから、ヘンなところに顔をうずめるな! このヘンタイ!」

 そう言って、ボクの顔を手で押す。


 相手の顔を見る。ベリーショートの黒髪に、褐色の肌――の、女の子だった。

 つまり、ボクは飛びかかって、彼女のムネに顔をうずめていたのだ。


「えっ? え、えぇぇぇぇ!」

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