第22話 お断りとなる
ブルームハルト侯爵の屋敷に呼び出されたボクは、彼から提示された破格の待遇に目を丸くした。
住む場所や生活用品、仕事に使う道具や材料まですべて侯爵持ち。そのうえ、給与として毎月金貨三十枚。この王都を探しても、それだけ高給取りの職人はいないだろう――いや、この世界にやってきた召喚人の中でもトップクラスの成功者になるはずだ。『王都の双璧』と称えられる勇者パーティのメンバー、アーノルドさんだってそこまで稼いでいない。
ボ、ボクがそんなに評価されているなんて……
ほんの一週間前、その日食べるパンを買うおカネさえ、持ち合わせていなかったというのに……
「どうだ? 不満はないだろ?」
たしかに、金銭面、環境面については申し分ない。それに、侯爵の後ろ盾があれば、どんなトラブルに巻き込まれても安心だ。
しかし――
「侯爵様、お願いがあります」
ボクは侯爵へ顔を向ける。
「なんだね? なんでも言いたまえ。望みどおりに準備してやろう」
侯爵がそう言うので、意を決して――
「
「それはダメだ!」
侯爵の表情が急に変わった。語気も荒々しくなる。
「エルフのことだろ? そんなヤツ、雇うわけなかろう」
そう、即答される。
「そんな……」
「大丈夫だ。儂が支援している魔導士にも強化魔法を使える者はおる。魔石の準備はその者がやる。だから、そんな亜人など必要ない」
亜人……だなんて……
アリシアの言う通りだった。
「わかりました……」
「そうか、では――」
「この話はお断りいたします」
「――なに?」
ボクは侯爵の前で深々と頭を下げた。
「ボクはアリシアが魔法を封じ込めた魔石以外、使わないことにしています。ですから、この話はなかったことにしてください」
「――なんだと?」
侯爵の顔が真っ赤になるのが見えた。かなり怒っているようだ。しかし、考えを変えるつもりはない。
「話がそれだけでしたら、ボクはこれで失礼します」
そう言って、扉の方向へ足を向けたとき、侯爵が「待て」と引き留めた。
「おぬし、この儂の誘いを断って、この王都で仕事ができると思うなよ」
そんな脅しを言ってくる。
ボクはそれに応えず、重い扉を押して部屋を出た。
三大貴族と言われる侯爵の要求を断れば、いろいろとイヤがらせがあるだろう。王都にだって、いられなくなるかもしれない――まあ、その程度は想像できた。前の世界で読んだ異世界モノのラノベではよくあるシチュエーションだ。
それでもアリシアを見捨てて、ボクだけイイ思いをするつもりはない。
今のボクがいるのは、アリシアのおかげなんだから――
帰りは馬車にも乗せてもらえず、徒歩で帰る。
工房に戻るとアリシアが心配そうな顔でボクを待っていた。
「お、おかえりなさい、ヒロトさん」
彼女は「どうでした?」と訊いてきたので、侯爵の誘いを断ったこと、それで、侯爵から脅しを受けたと隠さず話した。
「そんな……私のせいで、ヒロトさんがイヤがらせを受けるかもしれないなんて……」
責任を感じるアリシアに、「ボクが決めたことだ」と伝える。
「なあに、仕事なんて王都じゃなくてもできるさ。どう? アリシアも一緒に王都を出ない?」
「えっ? その……イイんですか?」
「もちろん、アリシアがイヤなら――」
「そんな、イヤだなんて……私も行きます!」
その言葉でボクは笑顔になる。
そうだ、別におカネを稼ぐことがボクの望みじゃない。アリシアと一緒に仕事をしたいだけだ。
「その前に、アーノルドさんの依頼をこなさないとな」
そう言って、盾の修理を始めるのだった。
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