第2話 生活困窮者となる

「ヒロト君、すまないが、盾の在庫が一杯でね。今日はいらないや」

「はあ……」

 武器屋のオヤジからそう言われ、ボクはガックリする。


 アスタリア大陸――いわゆる異世界に召喚されて、あっという間に半年が過ぎた。

 盾職人として安定収入を得る――という当初の計画は、もはや風前の灯火ともしびになっている。なぜなら――


「最近は、他の盾職人が銀貨一枚ほどで卸してくれるんで……申し訳ないね」

「銀貨一枚……」

 それを聞いてまた愕然がくぜんとする。銀貨一枚では材料費にもならない。つまり、原価割れである。もはや、盾を作れば作るほど赤字になるのだ。


 盾職人を選んだことによる誤算――それは、現地人げんちびとの盾職人がいたということ。あの女神は『召喚人しょうかんびとの盾職人は少ないから、競合相手がいない』と言っていた。確かに召喚人の盾職人はこの王都にボクひとりしかいない。しかし、現地人の盾職人はいくらでもいたのだ。


「ヒロト君の盾は品質がイイのだけど、やっぱり、安い盾をみんな買っていくんだよね」

「はあ……」とボクはため息まじりの返事をする。


 盾は消耗品なので、多少品質は悪くても安いモノで充分――という冒険者が多いのだ。それに――


「最近は腕のイイ召喚人の職人が増えたことで、性能の高い武器や防具が手に入りやすくなったんだ。だから、盾を持って戦う冒険者が減っていてね……」

 武器の性能で魔物を素早く倒せるし、防具だけで相手の攻撃を充分防げる。わざわざ、重い盾を持って戦う必要はないらしい。



 武器屋のオヤジに、「今日は持って帰ってくれ」と言われる。しぶしぶ在庫を手押し車に乗せたまま、工房まで持ち帰った。

「はあ……どうするんだよ。これ……」


 一週間かけて作った盾、二十五個を工房の棚に積み上げると、ボクは机の上を見た。そこには材料屋から届いた請求書が置かれている。請求額は大銀貨三枚に銀貨七枚、それと銅貨五枚。これを明日までに支払わないとボクは破産。しかし、実のところ支払いどころか、今日食べる食料を買うおカネもなかった。


「支払いを来週まで待ってもらうように、頼むしかないよな……」

 とはいっても、来週になったからってお金が入る保証はない。


「チクショー。女神のヤツ、だましやがって……」

 なにが盾職人は競合相手が少ない――だ。ぜんぜん話が違うじゃないか……

 まあ、話を信じた自分も悪い。あの頭の足りなそうな女神のせいばかりにはできないのだけど……

「とにかく、食料だけでもなんとかしないと……」



 何かおカネになるモノはないかと倉庫の中を漁っていた時、工房の入り口から男性の声がした。

「よう! ヒロト、ひさしぶり!」

「アーノルドさん!」


 アーノルド・バーンさんは、ボクのお得意様。身長百九十センチ。ボクより二歳上の二十七歳。ハリウッド映画に出演するアクションスターばりの筋肉ムキムキ剣士である。何の装飾もない白銀の甲冑を全身にまとっていた。彼も召喚人で出身はオーストラリアだとか。現在、『王国の双璧』と呼ばれるトップランク勇者パーティ『ブルズ』のタンク役を担っている。


「さっそくだけど、これの修理を頼むな」

 そう言って、軽々と担いでいた超合金オリハルコン製の大盾を隅にある盾置きに立てかけた。

 これはボクが作った自慢の品。初めてレベル七十クラスの盾を作った思い出の品なんだよな。材料はアーノルドさんが用意してくれて、わざわざボクに作成を頼みにきてくれたんだ。


「いやあ、やっぱりヒロトの盾は最高だよ! 他の職人が作った盾はダメだ」

 そう言ってくれるは大変うれしい。本当に励みになる。


「ありがとうございます。修理わかりました」

「とりあえずこれだけ渡しておくな」

 そう言って、ボクの前に大銀貨五枚を置く。

「受け取りに来るとき、不足分を支払うでいいかな?」

「ハイ! ありがとうございます!」

「お、おい……何、泣いているんだよ」


 いつの間にか、自分の頬を涙が流れていた。大銀貨一枚で銀貨十枚分、銅貨百枚分になる。つまり、材料屋に代金を支払っても、まだ大銀貨一枚、銀貨二枚、銅貨五枚が残る計算だ。これで数日分の食費がなんとかなると思うと、うれしくて仕方なかった。


 それをアーノルドさんに話すと……

「そうだったのか――わかった!」

 そう言って、彼は追加で五枚の大銀貨を乗せた。


「えっ? これって?」

「いつも世話になっているからな、修理代に上乗せするよ」

「そ、そんな、さすがにもらえません……」

「もらっておいてくれ! 正直、ヒロトに廃業されたらオレが困るんだ。これからも、困ったことがあったら、オレに相談しろよ。なんとかするから」


 それを聞いてボクのムネは熱くなった。こんな人がお得意さんにいて、本当によかった!


「ありがとうございます。この五枚はおカネの工面ができたら、必ず返しますので……」

「だまってもらっておけばいいのに。まあ、そこがヒロトだよな。わかった、いつでもイイぞ」


 アーノルドさんはボクの背中を叩いて――本人は軽いノリのつもりだったのだろうけど、かなり痛かった――「それじゃ一週間後、受け取りに来るから」と言って、工房を出て行った。


 とにかく、これで数日はおカネの心配をしなくて済む。そう思うと急激にハラが減ってきた。

「よし! まずは食料を買いに行くか」



 早速、外に出る。市場までの途中、人通りの少ない通りの路地裏から、男たちの不穏な声を聞いた。


「グヘヘ。こりゃ、上玉だぜ」

「ああ、持ち帰って、ダッチワイフにしてから奴隷として売っちまおうぜ」


 上玉? ダッチワイフ? 奴隷?


 ボクは路地裏に入り、その様子を見た。

 そこには、身なりの汚い男二人。そして、その足元に銀髪の少女が倒れていた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る