化け物揃い

 一条は震え上がっていたが、それでも彼女を止めることは出来なかった──下手に声をかけることすら出来ないのだ。

 

 セリナの迫力に圧倒されてしまったのである。



「いい加減にしてよ……このクソ野郎……!」


 セリナは叫ぶと、神崎の顔を思いっきり殴った──その衝撃で彼の歯が何本か折れてしまう。それを見た一条は思わず目を逸らした……痛々しすぎる光景だ。


 しかし、それでも彼女は手を止めなかった。


「神崎くん……あなたは自分が何をしたのか分かっているの……?」


 セリナは静かな口調で問いかけるが、神崎には聞こえていないようだ──もはや意識を保つだけで精一杯なのだろう。

 そんな様子を見てさらに怒りが込み上げてきたのか、セリナはさらに拳を振り上げた──それを見た一条は我に返ると、慌てて彼女を羽交い締めにした。


「もうやめなよ! それ以上やったら死んじゃうよ!」


 だが、それでもセリナの手が止まることはなかった。彼女は一心不乱に神崎を殴り続けている──まるで憎しみをぶつけるかのように……。


 そしてそれは、一条が止めるまで続き──ようやく終わった頃には、神崎は完全に気を失っていた。


「はぁ……はぁ……」


 セリナはしばらく肩で息をしていたが、やがて落ち着きを取り戻したようだ。

 彼女はゆっくりと立ち上がると、一条に微笑みかけた。その表情はいつもと変わらない穏やかなものだったが、どこか不気味なものを感じさせる笑顔だった。


「ごめんね……悠人くん」


 セリナは謝罪の言葉を口にすると、深々と頭を下げた──だが、それでもまだ興奮が残っているのか息づかいは荒いままだ。


 その様子を見て、一条は思わず背筋がぞくりとした。


「えっ……いや……別にいいけど……」


 一条は戸惑いつつも返事をすると、改めて神崎の様子を見た。彼は白目を剥いており、口の端からは血が流れ出ていた。鼻や頰が赤く腫れ上がり、綺麗な顔立ちも台無しになっていた──まさに無惨な姿である。


「こいつ……どうする?」


 一条は神崎を指差しながら尋ねた。


「警察に通報した方がいいかな?」


 セリナはしばらくの間、何かを考えているような素振りを見せていたが──やがて首を横に振った。


「ううん……その必要はないよ」

「えっ……? で、でも……」


 一条は戸惑いを見せた。


「今はあまり騒ぎを起こしたくないの……だから、神崎くんにはこのまま帰ってもらうことにするね」

「う、うん……分かった」


 一条は戸惑いながらも答えると、神崎を見て苦笑を浮かべた。


 こんな状態でもまだ生きているのだから恐ろしいと思う。


 まあ、自業自得ではあるのだが……。


(とりあえずこれで一件落着かな)


 一条がホッと胸を撫で下ろそうとした時のことだった──突然、神崎がセリナの首を絞め始めたのだ。


 それも凄まじい力で……!


「セリナさん!?」


 突然のことに驚いた一条は叫んだが、セリナは冷静だった。彼女は神崎の手を掴むと、強引に引き剥がそうとした──だが、それでも神崎はセリナの首を絞め続けていた。


(こいつ……まだ意識が!?)


「セリナさんから離れろ!」


 一条は慌てて駆け寄ると、神崎を突き飛ばした。するとようやく手が離れたらしく、彼は地面に倒れた──その後、すぐに咳き込んだかと思うと、血を吐いた──どうやら気管に血が入ってしまったようだ。しかし、それでも彼は立ち上がろうとしていた。


「くっ……!」


 一条は神崎を蹴り飛ばすと、その身体を踏みつけた。だが、それでも神崎は諦めようとはしなかった──執念を感じさせるような表情で一条を見上げてくる。


 一条はその様子に恐怖を感じたが、必死に自分を奮い立たせて踏み続けた。


「しつこいんだよ……このクズ野郎が!」


 そう言いながら何度も蹴りを入れる一条──その度に神崎の口から悲痛な叫び声が上がったが、それでも彼は立ち上がろうとした。まるでゾンビのような姿に戦慄しつつも、一条は攻撃の手を緩めなかった。


 ここで神崎を逃がしたら、また同じことをするに違いないと思ったからだ。


 だからここで──徹底的に痛めつけておかなければならない。

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