本性と恐怖
「動くな! 動けばこの女を殺すぞ!」
「くっ……!」
一条は悔しそうに歯嚙みする──人質を取られた以上、迂闊には動けない。
しかしそれでも、セリナだけは冷静だった。
「神崎くん……ナイフを捨てなさい」
「黙れ!」
神崎はナイフを振り下ろすが、それは途中で止まった。よく見ると、彼の腕はセリナによって掴まれていたのだ。彼は必死で引き剥がそうとするが、全く動かない。それどころか徐々に力が強まっていくのを感じた。
(こいつ……なんて力だ……!)
神崎は恐怖を感じた──今まで何人もの女を抱いてきたが、こんな力の強い女はいなかった。
「神崎くん、もう一度言うわ……ナイフを捨てなさい」
セリナの声は冷たかった──だが、その迫力に圧倒されたのか、神崎はあっさりとナイフを捨てた。
それを見た一条は安堵した表情を見せたが、すぐに気を引き締めた。
まだ終わってはいないのだ……むしろここからが始まりなのだということを理解していたからだ。
「さてと……」
セリナは微笑むと、神崎の手首を強く掴んだ──すると、彼は苦痛の声を上げた。
「ぐっ……!?」
「神崎くん……あなたは自分が何をしたのか分かってる?」
セリナは穏やかな声で言うと、神崎の手を捻った。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ……!」
手首に激痛が走り、神崎は思わず声を上げる──そんな彼に追い討ちをかけるように、セリナはそのまま神崎の腕を捻り上げる。
骨が軋む音が聞こえてくる──だが、それでも彼女は力を緩めなかった。
「かはっ……! あ……ぐぅ……!」
あまりの痛みに神崎は涙を浮かべる──だが、それでもセリナは表情を変えない。
「痛い?」
セリナの問いかけに、神崎は無言で首を縦に振った。それを見た彼女は満足そうに微笑むと、ようやく手を緩めた──その瞬間に神崎は解放されたが、腕を押さえたままその場にうずくまってしまった。
(くっ……この女……!)
神崎は悔しげに歯嚙みするが、それ以上何も言えなかった。
「神崎くん、あなたは本当に最低な男ね」
セリナの言葉には怒りと軽蔑が入り交じっていた──だが、神崎はそれどころではなかった。彼は恐怖を感じていた──目の前の女からは只者ではないオーラを感じるのだ。
そして同時に自分の運命を悟った──自分はこの女に殺されるのだと。
「くっ……!」
神崎は立ち上がると、その場から逃げ出そうとした──だが、その瞬間に再び腕を掴まれたかと思うと、凄まじい力で引っ張られるのを感じた。そして次の瞬間には、自分の身体が宙に浮いていることに気付いた──セリナに投げ飛ばされたのだと理解した時には既に遅かった。神崎の身体は地面に叩きつけられると同時に、意識を失った。
最後に彼が見たのは──自分を見下ろすセリナの姿だった……。
「セリナ……さん!?」
神崎を倒したセリナを見て、一条は唖然としていた。まさか彼女がここまで強いとは思わなかったのだ。しかも、彼女は息ひとつ乱していない……その様子を見て、彼女の底知れない力を感じた気がした。
「ふぅ……」
セリナは一息つくと、一条に向かって微笑みかけた。その表情はまるで聖母のようだったが、同時にゾッとするような美しさもあった──思わず見惚れてしまいそうになるほどだ。しかし、今はそんなことを考えている場合ではないと思い直し、慌てて質問をする。
「えっと……大丈夫?」
一条がそう聞くと、セリナは笑みを浮かべた。
「うん、大丈夫!」
「そ、そっか……」
「そ、そっか……それならいいんだけど……」
「ふふっ……心配してくれてありがとね!」
セリナは嬉しそうに微笑むと、一条に視線を向けた。彼の頬はほんのり赤くなっているように見えるが、きっと気のせいではないだろう──そう思いつつ、セリナは神崎を見た。彼は完全に気絶しており、動く気配はないようだ。
「さてと……」
セリナは神崎に近づくと、その身体を見下ろした。神崎の身体はあちこち怪我しており、とても痛々しい姿になっていた……だが、彼はまだ死んでいない──意識を失っているだけだ。
「どうする? 警察に通報した方がいいかな?」
一条の言葉に、セリナは少し考えてから答えた。
「そうだね……でもその前に……」
セリナは倒れている神崎に近づくと、彼の髪の毛を掴んで上半身を起こした──そして、その頰を思いっきり殴りつけた。
『パァンッ!』
という乾いた音が響くと同時に、神崎は目を覚ましたが、それでもセリナは手を止めなかった。何度も何度も彼の顔を殴る……その様子はまるで鬼のようだった。
「ちょ……ちょっとセリナさん!?」
一条は驚きのあまり目を見開いたまま固まっていた──セリナの様子が明らかにおかしいのだ。普段の彼女なら絶対にしないであろう事を平然とやっているのである。
まるで別人のようだと思った──一体彼女に何があったというのだろうか。
「や、やめて! 死んじゃうよ!」
一条は必死になって叫んだが、セリナは聞く耳を持たなかった。むしろその表情からは怒りのようなものが感じられる──普段の彼女ならば絶対にありえないことだ。
まるで別人に変わってしまったかのような振る舞いを見せるセリナの姿を見て────
一条は恐怖を感じてしまったのだった。
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