死守

 神崎は一条に向かって勢いよく走ってきた──そして、拳を振り下ろす。一条は紙一重で躱すと、反撃のパンチを放つ。だが、神崎はその一撃を軽々と受け止めてしまった。


(なんて力だ……!)


 一条は驚愕しながら後退する──神崎は追い打ちをかけるように蹴り技を仕掛けてきた。その威力は凄まじく、腹に受けてしまった一条は悶絶する。 


「ぐぅっ……!」


(このままだとまずい……一旦距離を取らないと)


 そう思った矢先のことだった──突然、神崎が目の前に現れたかと思うと、今度は腹部に衝撃が走ったのだ。その衝撃で、一条は地面を転がるように倒れ込む。


「かはっ……!」


 痛みのあまり声を出すことができない。

 腹部からは鈍い痛みが伝わってくる──どうやら神崎に殴られたらしい。


 一条はよろめきながらも立ち上がるが、その瞬間にも神崎は追撃を加えようとしてくる。


(まずいっ……このままだと……!)


 なんとか攻撃を躱すことに成功したが、それでもピンチであることに変わりはなかった。今の一撃だけでもかなりダメージを受けてしまったのだ──これ以上攻撃を喰らえば、致命傷になりうる可能性だってあるかもしれない。


(どうすればいい……?)


 一条が必死に思考を巡らせていると、神崎は口を開いた。


「おいおいどうしたぁ? あの時のお前は僕の顔面を何度も何度も……何度も何度も何度も殴ったよなぁ!! なのに今はその逆だ! お前が僕に殴られてボロボロになってんだよ! それがどういうことか分かるか? お前より僕の方が格上だってことだよ! ざまあみろ!!」


(くっ……!)


 神崎の言葉を聞いて、一条は悔しげな表情を浮かべる。確かに神崎の言う通りだ──今の一条には反撃する余裕などなかった。それどころか一方的に殴られているだけである……このままでは確実に負けるだろう。

 だが、それでも諦めるわけにはいかないのだ──セリナさんのためにも……絶対に守らなければいけないのだから!


「おらぁ!」


 神崎が叫んだ次の瞬間、彼の拳が一条の眼前に迫っていた。一条は咄嵯に身を捻るが避けきれず、頰に重い一撃を喰らってしまった。


「ぐはっ……!」


 一条は苦しそうな声を上げると、その場に倒れ込んだ。口の中に血の味が広がり、頭がクラクラする……もう限界かもしれないと思ったその時──神崎が言った。


「どうやらお前は、僕の足元にも及ばないようだなぁ……!」

「まだ……終わってねえよ……」


 一条はふらつきながら立ち上がる──だが、身体はボロボロだった。服は血で汚れており、ところどころ破れている箇所もある……おまけに全身打撲の状態だ。


「おいおい無理すんなよ……さっさとくたばって楽になった方がいいんじゃねぇか?  どうせお前みたいな雑魚が何をやったって、僕には勝てねぇんだから!!」


 神崎はそう言ってゲラゲラと笑い始めた。

 そんな彼を睨みつけながら一条は言った。


「うるせえよ……」

「あ?」


 神崎は苛立った様子で聞き返す──だが、一条は怯まずに続けた。

「うるせえって言ってんだよ……てめえこそさっきから偉そうにペラペラ喋ってんじゃねえよ……気持ち悪ぃんだよ!!」


 一条は神崎に向かって挑発的な態度をとった──それは、彼が冷静さを失っていると踏んでの行動だった。だが、それが功を奏したのか……神崎は逆上していた。彼は怒りに満ちた目で一条を睨みつけてくると言った。


「調子に乗るなよ……てめえのそのスカした態度がムカつくんだよ!!」


 神崎は怒りに任せて襲い掛かってくる。

 一条は神崎の動きをを冷静に見極めると、攻撃を躱してカウンターを浴びせた。

 だが、それでも神崎は倒れずに何度も向かってくる──まるでゾンビのようだった。


(しつこい奴だな……)


 一条は思わず舌打ちをする──もう体力は限界に近づいていたからだ。だが、ここで倒れるわけにはいかないのだ──セリナさんのためにも負けるわけにはいかないのだから。


(絶対に……守ってみせる!)


 一条はそう決意すると、再び攻撃に移った──そして、神崎の腹部に目掛けて渾身の一撃を放った。


 しかし、その瞬間だった──突然、神崎の動きが変わったかと思うと、彼はニヤリと笑った。


(しまった……罠だ!)


 気付いた時には遅かった──神崎は一条の腕を摑むと、思い切り捻り上げたのだ。関節を外される痛みに思わず声を上げる──だが、それでも一条は攻撃の手を休めなかった。今度は神崎の顔に拳を食らわせると、そのまま殴り飛ばした。


「ぐあぁっ!」


 神崎は地面を転がると、仰向けに倒れ込んだ──一条は追撃するべく近づくが、神崎はすぐに起き上がって距離を取った。


 そして、神崎はニヤリと笑みを浮かべると言った。


「調子に乗るなよ……雑魚が!!」


 そう呟くと、再び向かってきた──だが、先ほどと違ってスピードが上がっている気がした。おそらく興奮状態になっているのだろう……その証拠に血走った目でこちらを見つめているからだ。


(まずいな……)


 一条は内心焦りを感じていた。

 これ以上戦いが続くと、確実にこちらが不利になるだろう……ならば、今のうちに決着をつけなければならない──そう思った一条は拳を強く握りしめると、神崎に向かって走り出した。


 そして、渾身の一撃を放つ──だが、神崎の防御によって防がれてしまった。


(くそっ……!)


 一条は舌打ちをする……やはり攻撃が読まれているらしい。


 神崎はニヤリと笑みを浮かべると、拳を繰り出してきた──一条は慌てて避けるが、避けきれずに頰を掠めた。そこから血が流れ出すのを感じたが、構わず反撃した。しかし、防がれてしまい、逆にカウンターを食らってしまった。


(まずい……このままだと……!)


 神崎の攻撃はさらに激しさを増す──もはや一条は反撃する余裕もなかった。一方的に殴られ続け、身体中が悲鳴を上げているのが分かる……だが、それでも諦めずに耐え続けた。ここで倒れるわけにはいかないのだ。


 セリナさんを守り抜くために──。

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