ストーカー

 一条が喫茶店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。


 時刻は19時45分を過ぎており、普段なら家にいる時間だが、今はそんなことを気にしている場合ではない──一刻も早く彼女の元へ向かわなければいけない。


(無事でいてくれよ……セリナさん)


 一条は足早にセリナの家へ向かうことにした。早く彼女の元へ向かわなければ、手遅れになってしまうかもしれないのだから……。


「セリナさん、大丈夫かな……?」


 一条は走りながら思わず呟いてしまった。

 彼女のことを考えると、胸が締め付けられるような気持ちになる。できることなら今すぐにでも彼女の元に駆けつけたい──だが、今の一条はただ闇雲に走っているだけだ。


「クソッ……!」


 思わず叫んでしまったが、それでも足を止めることはなかった。今は走るしかないのだ──一条が諦めてしまえば全てが終わってしまうのだから……。


(とにかく急がないと……!)


 一条は一心不乱に走り続けた──そして、ようやくセリナの家の前に到着した。


(着いた……!)


 一条は息を整えながらゆっくりとインターホンを押す──すると、数秒後に玄関の扉が開いてセリナの姿が見えた。彼女はパジャマ姿で驚いたような表情を浮かべると、戸惑いながら言った。


「ゆ……悠人くん!? どうしたの? こんな時間に…… 」


(良かった……無事だった)


 心の底から安堵した一条はホッと胸を撫で下ろしたが、すぐに気を取り直して言った。


「セリナさん……今から俺と一緒に来てください」


 一条は真剣な口調で言った。


 すると、彼女は困惑しながらも尋ねた。


「ど、どこに……?」

「それは──」


 一条が答えようとした瞬間だった──突然背後から何者かの声が聞こえたので、振り返る──そこには黒いローブを纏った人物が立っていた。


(なっ……!?)


 突然現れたその人物を見て、一条は驚愕する──この状況から察するに、こいつが名無しの権兵衛が言っていたなのだろう。


「お前が……セリナさんにつきまとっているストーカーか?」


 一条は目の前にいる男に向かって問い掛ける──すると、男は何も言わずに不敵な笑みを浮かべた。


(まさか本当に現れるとはな……)


 そう心で呟くと、一条はセリナを庇うように一歩前に出た。


 そして、目の前にいる男に言う。


「セリナさんに危害を加えるつもりなら……俺を倒してからにしろ!」


 すると、男はククッと笑い声を漏らすと言った。


「ヒーロー気取りかよ……一条」

「その声……まさか!?」


 一条はハッとする。

 その声はどこかで聞いた覚えがあったのだ──それもつい最近のことだ。

 

 そして、一条は気付く──目の前の男の正体に……。


「神崎冬至……」


 一条が呟くと、神崎はニヤリと笑みを浮かべると言った。


「ご名答……」

「何してんだよ……神崎」


 一条は困惑した表情を浮かべながら尋ねた。


「どうしてお前がこんな時間にバカ女の家に来たのかは知らねぇが……まあいっか! 僕はお前らに対して超ムカついてるからなぁ! ぶっ殺さねぇと気が済まねぇ!!」


 神崎は憎悪に満ちた目で一条たちを睨みつけてくる。その表情はまるで悪鬼のようだった──思わず背筋がゾクッとする感覚に襲われる。


(落ち着け……冷静になるんだ)


 一条は自分に言い聞かせると、神崎に向かって言った。


「神崎、お前……自分が何をしているのか分かっているのか?」

「僕の邪魔をしたり、僕の女にならなかったからいけないんだ……てめぇらが全て悪いんだよ!!」


 神崎は堂々とした口調で言う。

 神崎の聞いた一条は確信する──こいつは本物のクズだと。だからここで決着をつけなければならないと思った。


「セリナさん、下がってて……」


 一条は小声で呟くと、拳を強く握りしめた。神崎を殴り飛ばすために──だが、その前にやることがある。それはセリナを安全な場所へ避難させることだ。


 一条が振り返ると同時に──彼女は口を開いた。


「悠人くん……」


 セリナは不安げな表情を浮かべながら一条を見つめてくる。そんな彼女に優しく微笑みかけながら一条は言った。


「セリナさん、俺は大丈夫だから……家の中に逃げて」


 セリナは小さく肯くと、一条の言う通りにしてくれた──そして、彼女が家の中に入ったのを見届けると、神崎へ向き直った。 


 神崎は一条を睨みつけていた。その目には憎悪と狂気が入り交じっており、もはや人間とは思えないものだった……。


(落ち着け……冷静になれ)


 一条は心の中で唱えるが、身体は正直だった──恐怖心のせいで震えが止まらない。

 だが、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。


 セリナさんを絶対に守る──そう決めたのだから……。


「神崎、覚悟はできてるんだろうな……」


「ああ?  覚悟だ?  笑わせんじゃねえよ! てめぇは今から僕にボコボコにされて死ぬんだよ!!」

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